文部科学省は地方創生を推進する取り組みの一環として、2030年に予想される地域の課題の解決に向けて、地方の中高生が多様な主体と対話・協働を行う国際協働型のプロジェクト学習「地方創生イノベーションスクール2030」を進めている。
地方創生で解決していくべき課題には地方の衰退、少子高齢化、人口減少、東京一極集中などがある。これらの課題を解決するためには地方自治体が主体的に取り組みを進めることが重要であり、政府はそれらの取り組みを金銭的に支援したり計画策定を促すことで先導している。
しかし残念ながら地方創生は第1期を終えて、成功したとは言い難い。地方の少子高齢化と人口減少に歯止めはかかっておらず、東京一極集中も是正する見込みはない。一部の「イノベーティブ」とされる成功事例がさまざまな媒体で取り上げられているが、大多数の自治体の状況は変わっていない。
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イノベーションは成功事例の模倣や企業とのコラボレーションだけでは生まれない
地方創生においては本質的な課題解決のためには「イノベーション」が必要だといわれている。イノベーションとはモノや仕組み、サービス、組織、ビジネスモデルなどに新たな考え方や技術を取り入れて新たな価値を生み出し、社会にインパクトのある革新や刷新、変革をもたらすことを意味する。
地方創生におけるイノベーションは1つのキーワードとなる。しかしそれは首都圏のベンチャー企業や大企業と積極的にネットワークを形成し表面的に盛り上がることやIT化を演出することではい。そして成功している自治体や民間団体の地域活性化事例を模倣することでもない。
政府による政策誘導では地方自治体でイノベーションは起こらない
地方創生の目的を東京一極集中の是正と地方の活性化とするならば、これらを達成するためには「地方自治体・地方地域の魅力を磨く」必要がある。東京と地方自治体を比較したときに、東京よりも魅力的なものがあれば、移住したり二地域居住したり、観光に出かけたりする人は増えるだろう。
政府は地方自治体の魅力を向上させるために、さまざまな補助金や計画策定を促し政策誘導している。コワーキングスペースが注目されればコワーキングスペースを作りやすくするための補助金を、六次産業化が注目されれば六次産業化のための拠点整備費を、ワーケーションが注目されればワーケーションできる環境を整えるための助成金をといった具合である。
しかしこれらの政策誘導は地域の魅力を向上させるどころか、二番煎じで取り組んだ自治体にとってはのちのちの財政的な負担を増やしたり、金太郎飴のように同じような施設や取組が行われ先駆者以外は人が集まらない状況を生み出す。
つまり「イノベーティブな先進事例」と呼ばれる事例を他の自治体も行うように政府が政策誘導をいくらしても、その政策誘導に乗っかった時点で地域の魅力は向上せずイノベーティブなものではなくなるのである。
では一体、地方創生における、もしくは地方自治体のまちづくりにおける「イノベーション」とは何を意味するのか。
地方創生におけるイノベーション=「いまある地域資源を活かして新たな価値を創造すること
イノベーションという際、一般的には技術革新や新技術の発明と誤認されることが多いが、イノベーションとは新しいアイデアから社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす自発的な人・組織・社会の幅広い変革を意味する。
イノベーションにはさまざまな定義があるが、シュンペーターは「経済活動の中で生産手段や資源、労働力などをそれまでとは異なる仕方で新結合すること」と定義している。
イノベーションの定義を参照したうえで、再度、地方創生におけるイノベーションとは何かを考える。政府が行う先進事例の普及や補助金による均一的支援はイノベーションにつながるだろうか。ここまで読んだ方ならわかるように、それでは地方創生におけるイノベーションは起きない。なぜならそこには「新たな価値の創造」も「自発性」も「新結合」も存在しないからである。
筆者は地方創生におけるイノベーションとは「いまある地域資源を活かして新たな価値を創造すること」だと考えている。
つまり他地域の先進事例を模倣することでも政府による均一的計画に乗ることでもなく、自分たちの地域の資源の価値を再認識し、それらを時代とニーズに沿う形でブラッシュアップすることで新たな価値を創造し魅力を高めることを指す。
ここでの地域資源とは土地に根付く歴史や文化、風土や施設、産業、在住者など地域に現時点で存在するすべてを指す。決してベンチャー企業と連携して最新テクノロジーを導入することでも、外部の優秀な人材をたくさん集めることでもない。
なぜ地方創生におけるイノベーションは地域資源を活かすべきなのか
なぜ地方創生におけるイノベーションは「いまある地域資源を活かして新たな価値を創造すること」であるべきなのか。ここでは3つの理由をみていく。
地域のオリジナリティの確立-○○らしさの大切さ-
1つ目は「地域のオリジナリティの確立」である。地方創生=地域の魅力を高めることだとすれば、他の自治体と被った時点でそれは魅力が半減する。どこの地域にもない「ここだけのもの」が、刺さる層に刺さり本当に来てほしい人たちがその地域に魅かれてくるのである。
そのために最も行いやすいのが「いまある地域資源を活用する」ことである。そうすれば自然と他の地域にはない「オリジナリティ」が生まれる。理想は複数の地域資源を新結合することである。
地域住民を巻き込むイノベーションの実現
2つ目は「地域住民の巻き込みやすさ」である。地域資源を活かしたイノベーションは、その地域で古くから生活している人や比較的権力がある住民からも理解を得やすい。またイノベーションの効果が一部に留まることなく地域の広い範囲にいきわたる可能性も高い。
メロンで有名な夕張市は知名度が高まっても財政再建できていないが、その原因にはメロン農家やメロンを梱包する業者、販売者など関連するアクターの多くが地域外にいることがある。
地域の持続可能性を高める
3つ目は「持続可能性」である。大企業やベンチャー企業とのコラボレーションは瞬間的に注目されるかもしれないが、それが一般化すれば注目度は低くなる。また企業はより魅力的な地域が現れればメリットがある地域と連携するだろう。
いまある地域資源を活用する場合、必要な部分は外部のアクターと連携するがその大部分は地域内で資源を循環させることができる。それは雇用の創出につながり地域住民からの理解と愛着の形成に繋がり、結果として持続可能なイノベーションとなる。
このことは2030年までに17のゴールを達成することが求められるSDGsの理念とも大きく重なる。地域資源の有効活用と循環構造=サーキュラーエコノミーの確立は、環境汚染の減退、持続可能なまちづくり、パートナーシップ形成、エシカル消費、トレーサビリティの確立などさまざまな理念とつながるのである。
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地域資源を活かしたイノベーションの3事例を紹介
ここでは実際にいまある地域資源を活かして新たな価値を創造し、ビジネスや地域の魅力向上につながった事例をいくつか紹介する。
Skima信州|スキマな視点で長野県の観光情報を発信するWebサイト
Skima信州は「信州のスキマを好きで埋める」をコンセプトに長野県の観光情報を発信するWebメディアである。長野県内の観光Webサイトとしては屈指の人気とPV数を誇るが、Skima信州はこれまで地域の人たちが「こんなもの誰が魅力を感じるんだ」と言ってあまり発信しようとしてこなかった石造や街道、温泉、史跡を「好き」という主観と視点で発信することで、新たな価値を創造している。
2018年にSkima信州が行った双体道祖神ツアーには県内外から道祖神好きの精鋭が20人集まった。また最近では自治体との連携プロジェクトも増えており、いまある地域資源を用いて観光に繋げるその手法はイノベーションの種をどう扱えばいいか困っている自治体から高く評価されている。ライターの多くが長野県在住で知識と経験に裏付けされた強い長野県愛を持つ点も重要である。
→長野県の人気ローカル観光Webメディア スキマ信州(Skima信州)の社会学的考察
フリーフロート|スキー輸入代理店が仕掛けるDIYなまちづくり
2021年現在、日本のスキー人口は全体のわずか5%にとどまる。スノーアクティビティ産業が年々厳しくなるなか、独自の経営手法で注目を集める企業が長野県屈指のスキー大国・大町市にある。それが2018年設立株式会社フリーフロート(Freefloat Inc.)である。フリーフロートのメンバーは全員が大町市もしくは隣の白馬村在住である。
コロナ禍の2020年-2021年、設立3年目のフリーフロートは新事業に取り組み始めている。それは長野県大町市を中心に展開するまちづくり事業である。具体的にはスキー輸入代理店である彼らは、大町市街の空き家を改装してのトレイルランニングの拠点づくりや次世代モビリティの発着所の整備、そして廃業寸前のスキー場の運営などを行っている。
ポイントは自治体とも連携しながら、スキー場や空き家といった今ある地域資源を有効活用して新たな魅力を創出しそれをビジネスにつなげている点である。
彼らのDIY精神と住む人や関わる人たちの愛着、満足感を大切にする事業の展開は、経済・社会・環境3つの持続可能な開発をイノベーションによって実現している。詳しくはこちらの記事をご覧いただきたい。
→スキー輸入代理店が仕掛けるDIYによる持続可能なまちづくりの提案【株式会社フリーフロートインタビュー】
メイプルツリー|地域の多様性と課題を可視化するフリーペーパー
長野県池田町と周辺市町村で2015年からフリーペーパーを発行する団体「メイプルツリー」。「地域の魅力、再発見」をコンセプトに、4か月に1度、36P、2000部のフリーペーパーを地元出身もしくは在住の若者が発行し続けている。中身は行政の広報でも新聞でもあまり取り上げられないような切り口の話題が多い。
発行メンバー曰く「地域の多様性を可視化すること」「地域課題を住民が共有すること」「さまざまな地域内の壁や不寛容を取り除くこと」を目的としているという。
さまざまな取り組みを行い地域住民へのインタビューをベースとしたボリュームある記事は、地域がいまかかえる課題や地域の動きを可視化し住民が知るきっかけを創出している。
店舗からの広告はほとんどなくリアルクラウドファンディングとも呼べる寄付性により持続可能性を担保し、記事によって地域のいまを内外に発信することでオリジナリティを確立&シビックプライドを醸成し、取材や寄付を通して地域住民を巻き込んでいる点で地方創生におけるイノベーションで重要な要素をすべて満たしているといえる。
最後に-地方創生, イノベーション, 持続可能性, まちづくり, SDGs-
本記事では地方創生におけるイノベーションの在り方について論じてきた。記事内でも書いたように地方創生におけるイノベーションでは「持続可能性」が重要である。持続可能性のないイノベーション風の取り組みは、中長期的な目で見たときに失敗に終わるケースが多い。
このことはリゾート法やふるさと創生事業の失敗がすでに証明しており、第1期を終えた時点では地方創生ものちに「税金のバラマキだけで成果は無かったね」となりかねない状況となっている。
中長期的な視点でみるときにつかえるのはSDGsというモノサシである。SDGs自体への賛否は横に置いたとしても、SDGsの基本的な考え方であるバックキャスティングやミクロな課題をマクロな文脈でとらえる提案は、地方創生におけるイノベーションが目指すべき方向性を示している。
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