スキーブランドICELANTIC輸入代理店として始まった株式会社フリーフロート
スキースノーボードを中心とする各種ブランドの輸入代理店業務を行う企業が、人口およそ3万人の地域でまちづくりにも取り組んでいると聞いたら、あなたはどう思うだろうか――。
2021年現在、日本のスキー人口は全体のわずか5%にとどまる。スノーアクティビティ産業が年々厳しくなるなか、独自の経営手法で注目を集める企業が長野県屈指のスキー大国・大町市にある。2018年設立 株式会社フリーフロート(Freefloat Inc.)だ。フリーフロートはアメリカ コロラド発のスキーメーカーICELANTIC(アイスランティック)ブランドの輸入代理業務Icelantic Japanを軸にさまざまな事業を展開している。
社名のフリーフロート(Freefloat)には、Free=自由な発想で新しい事業をつくり出し、float=常に余裕をもって物事を判断するという意味が込められている。フリーフロートはいま、社名のごとくさまざまなスキー産業や地方の地域課題の解決を自由な発想と軽やかさで行っている。
フリーフロートは2018年以降、ICELANTICを日本国内で広めるためWebでの情報発信や地道な活動を続けてきた。アメリカにあるICELANTIC本社が掲げるメインコンセプト”Return To Nature”の旗印の下、スキーヤーやアーティストを巻き込みながら人々に自然に還る楽しさを伝えて続けてきた。
コロナ禍の2020年-2021年、設立3年目のフリーフロートは新事業に取り組み始めている。それは長野県大町市を中心に展開するまちづくり事業だ。
なぜスキー輸入代理店から始まったフリーフロートがスキー場の運営や空き家の利活用、スペースの運営を行うのか。株式会社フリーフロート創立メンバーである代表取締役 屋田翔太氏、取締役 荒居悠氏、田中麻乃氏、坂本拓磨氏の4人に、まちづくり事業を行う背景と目的、大切にしていることについて話を聞いた。
DIY精神と現場とのコミュニケーションで実現する持続可能なスキー場運営-大町市 爺ガ岳スキー場-
「スキー用品輸入代理店なので、以前からスキー場に関わりたいとは思っていました。大町市にある爺ガ岳スキー場とは元々つながりがありましたが、2019年の雪不足と2020年の新型コロナウイルスにより、正直スキー場としては終わりが見えていました。ただ継続が難しい状態だったからこそ、どうにか存続させられないかと考え動き始めたんです」。
フリーフロートは2020年度から長野県内の2つのスキー場、爺ガ岳スキー場とあさひプライムスキー場の管理運営をスタートした。爺ガ岳スキー場はフリーフロートの事務所がある大町市にあるスキー場。世界的スキーリゾート白馬バレーの南端に位置する。
屋田をはじめメンバーは継続策を模索し多くの関係者に話を聞いてまわった。爺ガ岳スキー場は地元住民にとって、小学校のスキー教室や家族とスキーデビューをした思い出深いゲレンデだった。「爺ガ岳スキー場が無くなったら、この地域からスキー文化は無くなる」そう思い行動するうちに、ついには管理運営をすることとなった。
フリーフロートが爺ガ岳スキー場に関わり始めておよそ1年、2020年12月19日にオープンを迎えた。フリーフロートが運営する爺ガ岳スキー場の特徴は、現場と経営が共に汗を流す姿だ。屋田は次のように語る。
「カウンター作りも床の張替えもキッズエリアの造成も、すべて自分たちの手でやりました。僕らはスキー場経営者としては新米ですが、全国にあるどのスキー場の経営者よりもスキー場の隅々まで知っている自信があります。それは経営者と現場が一緒に作業をしてオープンにこぎつけたからです。外注すれば楽なこともできる限り自分たちの手で行うことで、現場が経営を考え経営が現場を理解する雰囲気ができました。結果的に当初予算の1/3でのリニューアルに成功しています」。
バックオフィスから事業を支える田中は、フリーフロートの事業の進め方を「DIY」だと語る。
「フリーフロートの事業はDIYが多いので、ホームセンターの領収書だらけです。爺ガ岳スキー場も、大町市内で行う空き家の改装事業も。特定社会保険労務士としてこれまで多くの企業に関わってきましたが、こんな会社ははじめてです。“何だこの会社は?”と思いながら支えています」。
フリーフロートのまちづくり事業はサーキュラーエコノミー(循環型経済)を実現した持続可能な仕組みになっている。従来の資源採掘→制作→廃棄という流れではなく、もしかしたら廃棄されていた空き屋や観光施設を新たな「資源」と捉え、資源を循環・持続させている。資源の循環を実現させているのはフリーフロートのDIY精神。DIY精神に基づくサーキュラーエコノミーは、なぜ実現できるのだろうか。
「メンバーは他のスキー場で働いていたこともありますが、スキー場は現場が命です。しかし多くのスキー場では経営と現場に温度差があり弱点になっています。それではダメだと思い僕らは現場や地域の人とのコミュニケーションを大事にしています。現場と一緒にDIYしながらコミュニケーションをとる、当たり前のことかもしれませんが、これは他のスキー場との大きな違いです」。
スキー場経営には多くの人たちが関わっている。移住者や観光客の増加、情報入手手段の多様化などにより、同じ地域に住んでいても価値観や考え方の異なる人が共生する時代だ。
多様な人たちが関わると摩擦が生じることもあるが、フリーフロートは地道なコミュニケーションと共に身体を動かすDIYで良好な関係性を築いている。
ウィンタースポーツのメッカ白馬村で議員を務め観光事業にも関わってきた田中は、こう付け加える。
「本来スキー場は地域に利益が還元されるべき地域活性化事業です。ただ今は観光客をコントロールできず観光公害が発生している地域もあります。観光客目線を意識しすぎて、地元の人が遊べないコンテンツになってしまっているのです。資本主義社会なので観光でお金を稼ぐのは大切です。しかし地元住民の愛着、働く人のやりがい、関わる人の満足度などは事業を持続していく上で欠かせません。地域の人が振りかえったとき“ここに爺ガ岳スキー場があってよかった”と思える場所にしていきたいです」。
住む人や関わる人たちの愛着、満足感があってこそ本当の持続可能性(サスティナビリティ)は実現できる。フリーフロートの目指すスキー場運営の在り方は、国連が定めたSDGsの「経済=観光事業としての収益性・地元住民の職の確保」「社会=地元住民や関係者の愛着や満足度」「環境=廃れつつあったスキー場の管理再生」という経済・社会・環境3つの持続可能な開発を実現しつつある。
爺ガ岳スキー場は長年スキーデビューゲレンデとして、そり滑りなど子どもが遊べるスキー場として親しまれてきた。爺ガ岳スキー場の再建は「白馬バレーは上手な人しか楽しめないのでは?」というイメージを払しょくするブランディングと広域連携のカギも握っている。2020年12月19日に今期の営業をスタートした爺ガ岳スキー場から目が離せない。
官民学+アスリートで実現したライフスタイル発信基地-.BASE OMACHI-
長野県大町市に事務所を置くフリーフロートは、空き家を利活用して事務所を含む複数のスペースを運営している。スキー場運営はスキー輸入代理店だから理解できるが、なぜまちづくりまで行うのか。メンバーの中で最も大町居住歴が長く、大町市のさまざまなまちづくり事業に携わってきた坂本はこう語る。
「大町市街地の旧電器店を改装しイベントスペース、トレイルランニング+サイクルステーションとして運営する.BASE OMACHIは、もともと大町市と信州大学と東京大学が行うまちづくり事業の中で発掘された空き屋でした。ICELANTICのスキーを販売する拠点を作りたかった僕らと、空き家の利活用を促したいまちづくり事業の狙いがマッチングしこの場所ができました。」
官民学が連携して誕生したイベントスペースやコワーキングスペースは、地方のいたるところにある。しかし.BASE OMACHIの特徴は官民学に追加してアスリートも集まる場となっているところだ。なぜトレイルランニングをはじめとするアスリートの拠点になっているのか。その理由は1人のアスリートの存在にあると坂本は言う。
「大町市出身のトレイルランナー上田瑠偉選手のお父さんらが大町市で開催したトレイルランニング大会がキッカケで、数年前に上田親子とのつながりができました。2019年、上田選手はSkyrunner World Seriesでアジア人初の年間王者に輝きました。同時期に僕らは.BASE OMACHIをオープンしました。トロフィーなどを市民の目に触れる場所に置きたいという上田親子の希望と、世界一になった選手の展示コーナーができるという僕らのメリットが一致し、トレイルランニングの街として盛り上げようという機運が高まっていきました。」
.BASE OMACHIのコンセプトは「ライフスタイル発信基地」。大町市から新しいライフスタイルとワークスタイルを提案し発信していきたいと荒居は語る。
「日本人は本当は思っていないネガティブなことを言ってしまう傾向があります。でも僕は県外や海外の友達が来るたびに、大町市を超グレートプレイスだろ?と自慢しています。するとみんな絶対に感動してくれるんです。一住民としてとても嬉しいことです。だから僕らは率先して.BASE OMACHIから地域住民が外の人に自慢したくなるようなライフスタイルやワークスタイルを発信していきたいです」。
トレイルランニングのイベント開催、さらなる空き家改装による新規ビジネス創出、ゼロカーボン・サーキュラーエコノミーを実現するためのEVパーク事業など、フリーフロートが描くこれからのまちづくりはとどまるところを知らない。
新たな3年の始まり-地元密着のローカルカンパニーだからできることを-
「企業は生き物です。成長の流れに乗ったら乗り切らないと死に絶えてしまう。ICELANTICの輸入代理をはじめた2018年、いまと同じように成長期でがむしゃらに走ってきました。3年続けてようやく、少しなだらかな山頂にたどり着きました。冬シーズンになると、3年前では考えられなかったほどWebサイトの閲覧数が上がり、連絡もいただきます。僕らはいまもう1度、まちづくり事業でがむしゃらに山を登り始めています」。
フリーフロートはいま、もう1度挑戦を始めている。田中によれば手掛ける事業はほとんどが自ら取りにいったものではなく「気がついたら集まってきていた」ものだという。丁寧なコミュニケーションを続けてきた結果、地元からも愛され信頼される企業になった。地元の期待を背負うまちづくり事業、失敗するわけにはいかない。
アメリカ コロラド州に本社を置くICELANTICは4人の異なるスキルをもつメンバーによって設立された。メインコンセプトは“Return To Nature”。特徴は「地元密着のローカルカンパニー」で「ハンドメイドにこだわる」ところ。
そう、ICELANTICの輸入代理店からスタートしたフリーフロートはICELANTIC本社と瓜ふたつの姿をしているのだ。元スノーボード選手でいくつものアウトドア企業で新規事業立ち上げに関わってきた屋田、白馬村議員で特定社会保険労務士の田中、語学堪能でコミュニケーション力のある荒居、そしてWeb製作とデザインに長けた坂本。
彼ら4人で創立したフリーフロートは長野県大町市という地方の一市町村に事務所を構える地元密着のローカルカンパニーだ。スキー場運営、空き家利活用によるまちづくりなど全ての事業に共通するのは「持続可能性を追求するDIY精神」と「サーキュラーエコノミーの実現」である。地域と自然の共存を目指す姿勢は、まさにReturn to Natureを体現している。
最後に屋田は大町市で事業を行っていく上で大切にしていることを語ってくれた。
「僕らは大町市に住みながら事業を行っています。だから住民にとって自慢できる場所になるようなコンテンツを今後も生み出していきたい。そうすれば地域の人たちが自然と”うちの地域、最高だからおいでよ!”と言ってくれます。地域の人が一番の広告塔なんです。1人でもそう言ってくれる人を増やせば、地域のためにも会社のためにもなる。これからもその思いで走り続けたいです。」
屋田 翔太
株式会社代表取締役。長野県白馬村出身。2002年-2005年に全日本スキー連盟、スノーボードナショナルチームに所属しワールドカップなどに出場。複数のアウトドア企業で働いたのち、2018年3月に株式会社Freefloatを設立。現在は家族と共に長野県大町市在住。
荒居 悠
株式会社フリーフロートCOO,海外事業担当。静岡県出身、アメリカ育ち。2012年、世界一周の旅を経て客船、富士山、志賀高原にて様々な職を経験し、現在は大町市在住。白馬村を拠点にするバンド、Mr.Moiのメンバーでもありミュージシャンとしても活動。
田中麻乃
沖縄県那覇市出身。大学時代はスキーにのめり込む日々を送る。製薬会社、医療法人、司法書士事務所勤務を経て特定社会保険労務士の資格を取得。2013年に長野県白馬村に移住しペンションと社労士事務所を開業。2016年、白馬ギャロップ株式会社代表取締役社長に就任。2017年白馬村議会議員に。2児の母。
坂本拓磨
埼玉県出身。各地でゲストハウスを渡り歩きながら、独学でWEB制作や映像編集、写真撮影、VR、ロゴデザインなど様々なスキルをもつマルチクリエーター。最近はトレイルランニングの大会にも参戦。
Promoted by 株式会社フリーフロート(Freefloat.Inc.) 取材執筆 by 伊藤将人