日本遺産とは何か?2020年認定発表日に5つの課題点を検討する

2020年6月19日に日本遺産として21件が新たに認定されました。日本遺産は文化庁が実施する事業で、地域の有形・無形の文化財を組み合わせて魅力を発信し、観光振興などにつなげることを目的に2015年にスタートしました。日本遺産に認定された地域は補助金等を活用して観光を主とした地域活性化に取り組み、日本遺産認定後に観光客が増えた事例もあります。

一方、日本遺産は事業開始当初からいくつもの課題点も指摘され続けてきました。2018年には観光資源として有効活用されているかを検証する有識者委員会が、認定地の7割にあたる39件に対して、観光ガイドの育成やマーケティング調査に取り組む必要があるなどの課題を指摘しています。課題が指摘された地域の自治体には改善方針の提出が求められましたが、効果的な改善はあまりなされたとはいえません。

目標認定件数100件を達成したことで2020年度以降は新規認定をおこなわないことが発表された日本遺産。5年にわたる事業最終年の認定後というこのタイミングに、改めて日本遺産の概要と目的、そして課題点などについて振り返ってみましょう。5つの課題点からは観光・地域活性化全体にも通ずる重要な論点がみえてきます。

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日本遺産とは?

日本遺産は、地域に眠る文化財群をストーリーとして結び、地域が主体となってそれを活用し、国内外へ戦略的に発信していくことにより、地域ブランドを確立するとともに、観光集客の拡大を図ることによる地域活性化を目的とした観光復興事業です。

日本遺産の認定対象となる「ストーリー」とは

2015年から展開される日本遺産魅力推進事業の特徴は「ストーリー」を認定対象としている点です。従来の文化財保護では地域の場所や遺跡そのものを認定対象としてきました。しかし日本遺産では地域の歴史的魅力・特色を通じて日本の文化・伝統を語る「ストーリー」が認定の対象となっているです。

「ストーリー」は文化財そのものではなく、複数の文化財に共通する歴史・文化的な背景を一つにまとめたパッケージ、コンセプトとして捉えられます。ストーリーには大きくわけて「地域型」と「シリアル型」の2つがあります。

「地域型」は、1つの自治体内でストーリーが完結するもので、歴史文化基本構想を策定しているか、世界文化遺産(暫定・候補も可)になっていることが条件となっています。

「シリアル型」は、複数の自治体にまたがってストーリーが展開するもので、未指定の文化財を含めることができますが、少なくとも1 つは国指定・選択文化財を構成文化財の中に含める必要があります。

日本遺産の狙い

日本遺産は文化財版の“クールジャパン戦略”と位置づけることができます。文化庁は東京オリンピック・パラリンピックが行われる予定だった2020年までに数を絞り100件程度を認定することで、文化財や地域資源をブランド化し地域活性化やインバウン推進に役立てることを狙いとしてきました。

「ストーリー」という形で対象を認定することで自治体の枠を超えて観光事業が展開されたり地域活性化が展開されることも日本遺産の狙いの1つです。そのため日本遺産は文化財を「活用」することに重きが置かれます。また、審査員は文化財や観光の専門家だけでなく漫画家や脚本家など多岐の分野にわたり、従来の文化財指定とは異なる体制をとっているのです。

日本遺産認定数-2020年認定数と総認定数-

文化庁は2020年6月19日に令和2年度(2020年度)の日本遺産認定箇所21件を発表しました。2020年度の応募申請総数は69件で認定箇所は21件ということで、約3分の2は落選しています。2015年度からの累計では104件となり「2020年度までに100件程度認定」という当初の目標は達成されました。

2020年度は兵庫県の「『伊丹諸白』と『灘の生一本』」や東京都の「霊気満山 高尾山」、長野県千曲市『月の都千曲-姨捨の棚田がつくる摩訶不思議な月景色「田毎の月」』などが新たに登録されました。

日本遺産の課題点Ⅰ 「目標認定数」の達成と実態の乖離

日本遺産の第一の課題点は「目標認定数」です。2020年度で認定は最後となり当面は新規には追加されないことが発表されている日本遺産。当初の「100件」という目標は2020年度に達成されましたが、100件登録の意図や意味は曖昧です。

100件という数字はあくまで目標であり、目標の先にある目的「地域ブランドの確立と国内外への戦略的発信、観光客拡大による地域活性化」が達成されたのかを評価する必要があります。一定の数を認定するだけであれば多く募集して片っ端から認定すればいいので、認定されたものの質や活用度合いを厳しくみていかなければ事業を実施した意味はないでしょう。

日本遺産の課題点Ⅱ 認知度不足

龍谷大学政策学部政策学科深尾ゼミが2017年に実施した調査から、日本遺産の認知度・意義の理解不足が第二の課題としてあげられます。

日本遺産に「琵琶湖とその水辺景観―祈りと暮らしの水遺産」を構成する地域として登録された滋賀県東近江氏伊庭町での調査の結果、地域住民のうち「日本遺産を全体的に認識している」と回答した人は全回答者の8%と非常に少ない結果でした。また約4割の住民が認定の経緯や意義について理解していないことも明らかになりました。

日本遺産に登録された地域の住民で上記の数値ということは、その他の地域住民の日本遺産認知度や制度の背景への理解はさらに低いことが想定されます。日本遺産は2020年度以降数が増える予定はないため、現在認定されている地域が連携していかにブランド力を高めていけるか、文化庁が有効活用できるかが今後の日本遺産の存在意義を左右してくるでしょう。

日本遺産の課題点Ⅲ 認定地域の観光客受け入れ態勢

龍谷大学政策学部政策学科深尾ゼミが2017年に実施した調査から、認定された地域の観光客受け入れ態勢の不足が第三の課題としてあげられます。滋賀県東近江市伊庭町での調査でも認定地域の課題として約71%の回答者が「観光客を呼び込む環境が整っていない」「人材不足からくる戦略の無さ」を課題点としてあげました

伊庭町では日本遺産認定前は観光客はほぼいませんでしたが、認定後から徐々に増え続け2017年度には年間で6,000人が訪れました。これは観光客呼び込みの成果として挙げられます。しかしせっかく観光客が訪れていても観光客受け入れのためのインフラ整備や地域住民の理解が無ければ、1度訪れるのみで持続的な態勢はつくれません。

日本遺産認定後、伊庭町でがボランティアガイド等の活動を行っている住民が15%存在しています。この数だけをみると「多くのボランティアガイドがいて素晴らしい」となりますが、ガイドの80%以上が60歳以上の高齢者である点は課題としてあげられます。ボランティアであるため報酬もそこまでありません(もしくは支払われていない)。

日本遺産認定地域は「環境」「社会」「経済」の3点から持続可能性を検討する必要があります。それはSDGs時代のまちづくりとして当たり前に求められることでもあるため、真摯に向き合い課題を克服しなければなりません。

日本遺産の課題点Ⅳ 補助金頼みで持続可能性が不透明な地域が多数

日本遺産の第四の課題は補助金頼みの性質です。日本遺産認定された自治体や活用協議会は、日本遺産魅力発信推進事業として文化庁からの補助金(文化芸術振興費補助金)を大きな財源として各種事業を行っています。

文化芸術振興費補助金は日本遺産として認定されたストーリーの魅力発信や、日本遺産を通じた地域活性化について以下の5つの点を対象に補助金が交付されます(申請し交付決定がなされた場合)。

  1. 人材育成
  2. 普及啓発
  3. 調査研究,情報コンテンツ作成
  4. 活用整備
  5. 構成文化財の魅力向上

これは日本遺産認定地域のブランド力向上や観光推進に効果的と考えられる一方で、新たな「補助金頼みの文化財」ともいえます。日本遺産事業は2020年度以降は新規認定が無いため、補助事業もいつまで継続するのか、継続しない場合は各ストーリーは自立した運営ができるのかなど経済的な課題は見逃せない点です。

日本遺産の課題点Ⅴ わたしの旅 ~日本の歴史と文化をたずねて~事業の二の舞

文化庁が日本の歴史や伝統文化を観光と絡めて活用するために、一定数の地域を募集認定する事業は今回がはじめてではありません。2005年には当時の小泉内閣時代に「わたしの旅~日本の歴史と文化をたずねて~」事業が実施され、786プランの応募の中から105プランを100選として認定されました。

「2020年現在、いったい何人がこのときに認定されたプランを知っているでしょうか?」

「2020年現在、いったいどれだけの地域がこのときに認定されたプランを観光に活用しているでしょうか?」

日本遺産がわたしの旅~日本の歴史と文化をたずねて~事業の二の舞にならないようにするためには、現在の認知度や展開の抜本的な修正が必要です。筆者はわたしの旅事業の二の舞に日本遺産もなると予測していますが、1つでも多くのストーリーが今後も活用されることに期待したいと思います。

最後に-2020年度以降の日本遺産の活用は課題多し-

5年間で104件を認定した日本遺産の効果はいまだ微妙であると言わざるを得ない状況であり、2020年度以降のさらなる効果的な活用が求められます。

しかし「ストーリー」という独自の括りで文化財の活用をうながす手法、自治体の枠を超えた観光や地域活性化の展開推進は評価できる点でもあります。数年後、日本遺産登録地域住民や私たちが「そんなのあったっけ?」とならないように、日本遺産の今後の展開に注目です。

参考文献
・『日本遺産戦略』の現状と課題~伊庭町を事例に~, 龍谷大学政策学部政策学科深尾ゼミナール.
・佐倉市の文化財行政と「日本遺産」, 須賀隆章・小川真実.
・日本遺産、7割に課題指摘 観光活用で有識者評価, 日本経済新聞, 2018.
・わたしの旅~日本の歴史と文化をたずねて~, 文化庁.

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この記事を書いた人

Masato ito

国際大学GLOCOM研究員/講師。1996年、長野県出身。博士(社会学)。一橋大学大学院社会学研究科、日本学術振興会特別研究員を経て2024年より現職。専門は地域社会学・地域政策学。研究分野は、地方移住・移住定住政策研究、地方農山村のまちづくり研究、観光交流や関係人口など人の移動と地域に関する研究。多数の地域連携/地域活性化事業の立ち上げに携わり、2事業が長野県地域発元気づくり大賞を受賞。日本テレビDaydayやAbema Prime News、毎日新聞をはじめ、メディアにも多数出演・掲載。