インバウンドが差別や偏見をなくす可能性-連載 地方から多様性を考えるⅠ-

多様性という言葉は都会を象徴するワードとして古くから使われてきた。1800年代後半~1900年代に活躍したドイツの社会学者ゲオルグ・ジンメルは「都市の空気は人を自由にさせる」と日々発展する当時のベルリンを称し、田舎や小さなコミュニティと比べて都市には多様性があることを発見した。

時代は進み地方にもグローバリズムの波は押し寄せた。グローバリズムを受け入れる受け入れないの選択権は地方にはなく、気がつけば間接的に地方と世界はつながった。間接的にだけでなく、外国人労働者、外国人実習生、観光客、移住者などさまざまなカタチで地方と海外が地続きになっていることを感じる機会は増えている。

このコラムでは長年、長野県という地方に暮らし地域の人々と接してきた私の視点から「地方から多様性を考える」をテーマに新しい時代の地域と観光を考察していく。読者の皆さんには実際に住んでいるからこそ分かる空気感や「地方の多様性」の最新情報をお伝えしていくつもりだ。

観光はグローバル化と21世紀を象徴する産業

新型コロナウイルスで最も大きな影響を受けた産業の一つは観光産業かもしれない。日本では自粛ムードが広がり世界中の国がウイルスの拡大を防止するために渡航の禁止や不用意な移動に制限をかけている。人が日常の生活空間から非日常が体験できる場所へ移動し楽しむことを目的とする観光は、いまとても厳しい状況にある。私も訪日観光客向けの観光情報発信サイトを運営しているが、アクセス数は明らかに低調だ。

観光産業の中でも特にいま苦しいのがインバウンド観光客=訪日観光客を相手とする人たちである。今でこそ世界中に拡大したコロナウイルスだが当初は中国、韓国、日本など一部のアジア諸国から広まり始めたためその足は一気に遠のいていった。

リーマンショックと東日本大震災の年に低調だったインバウンド産業だが、それ以外の年は21世紀に入ってから常に成長を続けてきた。これは日本に限らず世界中の観光客総数そのものが増加しており、ある学者は「20世紀は工業と戦争の時代、21世紀は観光の時代だ」と言い切ったほどに影響力のある産業になった。

それでもインバウンドを受け入れ続けるべき2つの理由

新型コロナウイルスの拡大と共に減っていくインバウンド観光客、この状況を悲しく思い早く元の通りにならないかと望む人がいる一方で「インバウンド観光客なんていう外国人に頼っているからいけないんだ」「インバウンド観光客は増えすぎていたからこれを機に減らすべき」という声も聞かれる。

確かに日本における総観光客数のうち半分以上はいまだに国内在住の滞在型観光客であり、インバウンド観光客の割合は2割程度である。インバウンドは急成長中だから注目されているが、大半は国内観光客なのだからインバウンドをそんなに増やす必要はないと言いたくなるのも納得できる。

経済的な側面-インバウンド産業は外貨獲得の重要な手段-

インバウンドには2つの役割があると私は思っている。1つ目は外貨獲得手段、つまり経済的な側面である。数年前に「爆買い」という言葉が流行ったが海外から日本に来る観光客は日本人観光客以上に消費行動を行う。中国の一部の観光客や欧米からの観光客は「せっかく日本に来たのだから」と多くのお金を払い観光を楽しみ帰っていくのである。

地方市町村がインバウンドを推進する際にも経済的側面からみて観光産業やインバウンド産業は重要であると理由づけるところが多い。国内の人口が減少し都会以上に人口減少が激しい地方においては、所得税などの固定で入ってくる税収をどう増やすかと同じくらし「どう稼ぐか」が重要になってきているのだ。口を開けて上を向いていればお金が降ってくる時代はとっくの昔に終わったのだから。

インバウンド産業は差別や偏見をなくす可能性を持っている

2つ目の理由は経済的側面ほどあまり注目されない。しかし私はこの側面こそが地方市町村、そして日本がインバウンド観光客を今後も受け入れるべき理由だと思っている。それは「異文化理解と多様性を受け入れること」が推進されるという理由だ。簡単な言葉に直すと「この世界にはいろんな人たちがいて、それぞれ異なる価値観や考え方、ライフスタイルを持っている」ことを理解する手段、それがインバウンド産業である。

新型コロナウイルスがこれほど急速な勢いで世界中に広まったのは、グローバリズムによって世界がこれまで以上にフラットになり人々の移動性(モビリティ)が増したからである。新型コロナウイルスの拡大がストップできたとしても、グローバリズムによる人間の移動を制限することは難しい。これは国と国だけではなく、国内の移動も制限することはできないだろう。

地方での生活にあこがれ移り住む移住者、都市と地方に1つずつ拠点を持ち日によって住む場所を変える多拠点居住者、日本で技術を習得するために訪日し学び働く外国人実習生。グローバリズムによって人々は今まで以上に移動するようになり、その結果、育った環境とは異なる場所で暮らしコミュニケーションを行う機会が増えた。

異なる文化に触れる機会が増えることが発生するのは「いざこざ」「差別」「いじめ」「コンフリクト」などの人と人の対立だ。人は分からないものに対して怖さを感じる。分からなさによって芽生えた怖さがエスカレートすると差別や偏見に結びついていく。国内居住者と国外居住者、地元住民と移住者、そして地域住民と観光客というように、同じ構図で分からなさから生まれる怖さに起因する差別や偏見がこの世の中にはたくさんあるのだ。

ではどうすれば「差別」や「偏見」は取り除くことができるのか。1つ目の方法は小さいころから多様な人々がいる環境で育つこと。2つ目は徐々に自分と異なる個人と出会いコミュニケーションをとる機会を増やすこと、3つ目は能動的に互いが相手を理解しようとすることである。

インバウンドには日本における異文化理解を推し進める力がある。小さいころから地域でインバウンド観光客を目にするだけでも世界を意識し多様な人々がこの世の中にいることが分かるだろう。同時にインバウンド観光客には日本人には当たり前になって見えなくなっている魅力を掘り起こす力がある。これはローカルアイデンティティ、シビック・プライドを醸成するうえでも大きな効果だ(人に褒められると誰でも嬉しいものである)。

まとめ-異文化に触れる機会の少ない地方こそWin-winなインバウンドを-

新型コロナウイルスの拡大をキッカケに「これからはインバウンド観光客を減らそう」「インバウンド観光客を日本に入れるな」と叫ぶのは、長い目で見れば日本によい影響は与えないだろう。これからも成長していくであろグルーバルな観光市場から撤退するのは経済的に決して安泰ではない日本にとっても地方市町村にとっても得策ではない。

都市と比べて外国人居住者の割合が少ない地方市町村にとっては、インバウンド観光客が訪れることは地域住民が国際的な感覚を身につけていくうえで貴重な機会を生み出す。長野県白馬村や軽井沢町などはインバウンド観光客が多く訪れるという地盤があったことで国際系の学校が誕生し、子どもの頃から国際色豊かな環境で育つことができ始めている。

グローバリズムによって国内も地域も多様性が増していく時代に、異文化理解に乏しい人が増えていくことも日本にとっても地域にとってもよい影響はもたらさないだろう。なぜなら抗いようのない波をいまは無視できたとしても、そのツケは将来倍増して降りかかるから。大切なのは異文化を理解し多様性に触れるためにインバウンド観光客と共生できる、Win-winな状態をつくっていくことである。

KAYAKURAでは地方移住・観光インバウンドに関する講座や勉強会の講師・WSのファシリテーション、執筆、関連した地域活性化・地方創生・観光インバウンドなど関連事業のサポート/コーディネートを行っております。お困りの方はお問い合わせフォームからお気軽にご連絡ください。

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この記事を書いた人

Masato ito

1996年長野県生まれ。大学在学中に自身が代表を務める事業が長野県地域発元気づくり大賞を受賞。現在は一橋大学社会学研究科にて国内移住に関する研究を行いながら、KAYAKURA代表として長野県を主なフィールドに観光インバウンド・移住・まちづくりのコーディネート・プランニング・調査・PRを多数手がける。2019年からは都内の企業と地方の企業や自治体をつなぐ新たな取り組みも開始。訪日観光客向け観光情報発信サイトNAGANO TRIP運営。池田町第六次総合計画審議委員。週刊SPAや公益社団法人 日本観光振興協会発行『観光とまちづくり』など寄稿多数。2019年4月から東京都国立市と長野県池田町の2拠点居住実践中.