オンラインとオフラインの違いは何か-強制的なコミュニケーションの有無-

新型コロナウイルス拡大防止のために推奨されるテレワーク。始めて数日は「ストレスなく自分のペースで進められていいな」と思っていた方も、テレワークが長期化してくるとつらいなぁと思い始めているかもしれません。テレワークのようにインターネット上でのやり取りをオンラインと呼ぶのに対し、実際に会社で会って空間を共有して仕事をするようなやり取りをオフラインと呼びます。

新型コロナウイルスの拡大防止のための外出自粛によって「オンラインへの移行」が推奨される一方、オフラインに慣れた私たちはオンラインの長期化に息苦しさも感じ始めています。だからこそ立ち止まって考えたいのが「オンライン」と「オフライン」の違いについてです。身体が同じ空間を共有しているかじゃないの?と思うかもしれませんが、オンラインとオフラインにはそれ以上の違いがあります。オンライン上でのコミュニケーションが増える現代が抱える課題とは?早速みていきましょう。

オンライン上には強制的なコミュニケーションがない

インターネットが一般に普及し始めた頃は「インターネットは世界中の人をつなぎ多様な価値観を持つ人たちがお互いを理解しあう世界が訪れる!」と希望的観測を抱いていた人が多くいました。しかし実際は、趣味や価値観、政治的志向、所属、性別などはオンラインによってタコ壺化。

オンライン上の情報は全て個人に最適化されSNSでもニュースサイトの広告でも、ユーザーにとって不快な情報は流れてこなくなりました。結果としてユーザーの価値観や嗜好はより鋭利になり同じような人たちだけで集う「島宇宙」がオンライン上にたくさんある状態になっています。

では、なぜユーザーの価値観や嗜好はインターネットを使えば使うほど鋭利になり島宇宙化するのでしょうか?それは「オンラインには強制的なコミュニケーションがないから」です。学校の授業をオンラインでする場合とオフラインでする場合の差がわかりやすいと思います。

義務教育の優れた点でもあり弱点でもあるのは「みんなに平等に機会を与えること」です。別の言い方をすると「興味関心がないことも、不得意なことも平等という名のもとにやらなければならない」わけです。オフラインには強制的にコミュニケーションをとるためのシステムが組み込まれています。先生の指示によって嫌いな友達とも、話したことが無い異性のクラスメイトとも英語の時間に英語で1分間話すというコミュニケーションをしなければならないわけです。

もしオンライン上で同じような状況に置かれたらどうでしょうか?言われたとおりにやらないと怒る先生は画面の向こうにいて直接怒ることはできません、例え怒鳴ったとしてもブラウザを閉じたり音声をミュートすればそれまでです。話したことがない異性や嫌いな友達とのコミュニケーションもSNS上ではする必要はありません。なぜならしなくても誰にも怒られないですし、円滑にコミュニケーションするためのシステムもそこにはないからです。

このような状況に置かれたら人は「コミュニケーションは楽しくないしめんどくさいからやらない」という決断をします。よってオンライン上では面倒なコミュニケーションややりたいくないコミュニケーションを多くの人が取らないのは当たり前なのです。その結果が価値観や嗜好の鋭利化であり、タコ壺化であり、島宇宙化です。だからオンライン上では多様な価値感を持つ人が相互に理解しあうということが幻想になってしまうのです。

オンラインコミュニティとオフラインコミュニティの違い

オンライン上のコミュニケーションには強制力がなく、オフラインのコミュニケーションには強制力がある、結果として人々はオフラインのコミュニケーションにうんざりしオンラインのコミュニケーションを楽しむようになる。これは自然な流れであることがわかりました。これはオンラインコミュニティとオフラインコミュニティの差でもあります。

2020年現在オンラインコミュニティといえば「オンラインサロン」を思い浮かべる人が多いかもしれません。。それはコミュニティという名のもとに行われていますが、実態は「趣味縁」であったり「企業がビジネスを成功させるためのファン集団」であったり「カリスマに集まるゆるい宗教モデル」であったりと、厳密な意味でのコミュニティとは言えないものが多くあります。学術的なコミュニティ概念と日常用語としてのコミュニティがあるとすれば、これは日常用語としてのコミュニティになるでしょう。

一方オフラインのコミュニティを代表するのは過去100年間「地域コミュニティ」でした。それはある一定の領域性をもつ社会的相互作用が営まれる共同性をもった人たちの集まりです。地域コミュニティは極端なことを言えば「ある一定の地域に住んでいる」こと以外に共通点はありません。社会階層も違えばバックグランドも違いますし、趣味も政治思想も価値観も異なります。つまり非常に多様な人々が同じ地域にいるという理由だけで助け合い共に支え合って暮らしてきたのです。

しかしいま、地域コミュニティは壊滅的な状況にあります。これまで地盤としてきた伝統文化や歴史は少子高齢化により伝承しにくくなり、移動性が増したことで人々は地域外で仕事をし楽しむすべを身につけました。さらに地域コミュニティはある地域にいるというだけでさまざまな役割を負わせられる面倒な時代遅れの共同体となっていったのです。ここには強制的なコミュニケーションがあるのです。

対照的にオンラインサロンは出たり入ったりが基本的には自由です。入っている人の価値感も地域コミュニティと比較するとより似ているでしょう。何より1つ掲げられた旗印に共感しているから入るので、その時点でインターネットの囲まれたオンラインサロンという領域の中で、全員が共感していることがあるのです。価値観が似ている、強制的なコミュニケーションがないのでとても居心地がいい場所になっているのです。

ここで立ち止まって考えるべきは強制的なコミュニケーションがない世界で生き続けると私たちはどうなのか?ということです。

強制的なコミュニケーションがない世界は色褪せてつまらない

強制的なコミュニケーションは主に3つの効用をもたらします。第一に強制的なコミュニケーションがない世界を生き続けると、他人との摩擦や衝突が少ないコミュニケーションしか残らなくなります。その結果、人々が感じる「快感」「不快」のギャップが小さくなり感情の起伏の波や感情の構造がつまらないものになってしまうのです。

第二にオンライン上では強制的なコミュニケーションが無い結果、自身とは異なる価値感をもつ他者を理解する機会は少なくなります。なぜなら価値観や嗜好が同一の人たちとのコミュニケーションばかりになるため、偶然の出会いや他者と喧嘩をして乗り越えて仲良くなるといったコミュニケーションが少なくなるからです。

自分とは異なる価値感をもつ他者への理解可能性が低くなることは、イコールで差別的になり寛容性がなくなることも意味します。これは現代の課題である「自己責任主義」「自国第一主義」とも連関してくる現象であり、オンライン上での不寛容性の高まりはオフラインにも染み出してきているといえるでしょう。

第三にオフラインの強制的なコミュニケーションが少なくなると、面倒なことが多いコミュニケーションがどんどん嫌になります。例えば他者との複雑なコミュニケーションを積み上げることで成功にたどり着く、恋愛や集団活動などがそれにあたるでしょう。現代の若者は草食化しているなどと言われますが、原因の1つには強制的なコミュニケーションの減退もあるかもしれません。

最後に-オンラインとオフラインの融合がカギ-

オンラインとオフラインの違い「強制的なコミュニケーション」の有無についてみてきました。オンラインの課題をここではみてきましたが「オンラインはだからダメ」という事を言いたいわけではありません。「オンラインとオフラインどちらが大切か?」ではなく「オンラインとオフラインが融合する時代だからこそできること」を大切に両者のいいとこどりを目指していくことが大切です。

-ラジオ版KAYAKURA-

ラジオ版KAYAKURAは毎回1つのテーマについて5分~10分で深堀する音声コンテンツです。テーマは社会課題・最新ニュース・地方創生・観光インバウンドなど。スキマ時間の学びを思考を促す内容となっていますので、ぜひ聴いてみてください。

この記事を書いた人

Masato ito

1996年長野県生まれ。大学在学中に自身が代表を務める事業が長野県地域発元気づくり大賞を受賞。現在は一橋大学社会学研究科にて国内移住に関する研究を行いながら、KAYAKURA代表として長野県を主なフィールドに観光インバウンド・移住・まちづくりのコーディネート・プランニング・調査・PRを多数手がける。2019年からは都内の企業と地方の企業や自治体をつなぐ新たな取り組みも開始。訪日観光客向け観光情報発信サイトNAGANO TRIP運営。池田町第六次総合計画審議委員。週刊SPAや公益社団法人 日本観光振興協会発行『観光とまちづくり』など寄稿多数。2019年4月から東京都国立市と長野県池田町の2拠点居住実践中.