網野善彦『無縁・公界・楽』から現代の「よきコミュニティ」を考える

網野善彦の名著『無縁・公界・楽』に登場する「無縁」概念と関連付けて「よきコミュニティとはなにか」について論じるこの記事は筆者の雑感であり特に明確なゴールや伝えたいことはない。しかし、現代に氾濫する「コミュニティ」の中でも特に「よきコミュニティとは?」ということを考え具体的な方法を模索している人のキッカケになればと思う。

まず初めに網野が本書の中で論じている「無縁」の意味を整理する。続いて「コミュニティ」概念についても整理し、さらに進んで「よきコミュニティ」を定義する。最終的に「無縁」と「よきコミュニティ」のつながりについて論じるが、ここでポイントとなるのは「誰にとってよいのか」という点である。

→【徹底解説】コミュニティとは何か?研究者が定義と歴史をわかりやすく解説(社会学)

「無縁」とはなにか

網野は鎌倉松ケ岡の東慶寺と上野国徳川の満徳寺が女性からの離縁を可能にする縁切り寺として江戸時代に有名だったことに触れたうえで、実は有名な二寺だけではなく他の尼寺や施設も同様の機能を持っており社会的にある程度受け入れられていた事実である。以下のように網野も述べている。

このように、江戸時代前期、縁切りの原理は、まださまざまな形で社会の中にその生命を保ち、小さからぬ作用をそこに及ぼしていた。

網野善彦『無縁・公界・楽』 p23

網野は本書の中で、無縁の積極性についても触れている。無縁は社会と縁を持つことができないことをするから縁をもてなくなることではなく、女性側から主体的に「縁を切る」ということをするといっている。この点は記事の後半でも重要なポイントとなる。

「コミュニティ」とはなにか

コミュニティ概念は、日本の社会学史において特別な意味を持つ。特に1970年代に巻き起こったコミュニティ政策の波は都市社会学と地域社会学を後に分かつキッカケともなったといわれている。

コミュニティ概念は、地域社会、共同社会、共同体などと訳される。それは地域的範域、社会的・文化的同質性が含まれるものであり、つまるところ地域性と共同性という二つの要件を中心に構成された社会である。

網野が『無縁・公界・楽』で題材にした前近代社会においては、村落共同体のように地域性と共同性の最も密接に結びついたものがコミュニティにあたるといえる。しかし資本主義の成立により地域性と共同性が結びついたコミュニティの姿はなくなっていった。

いくつかあるコミュニティの概念の中でもう一つあげるとすれば、マッキーヴァーによる「コミュニティを一定の地域の上で行われる共同生活」と捉える見方があるだろう。社会的な類似性、共同の慣習、共同の伝統、共属する感情などがマッキーヴー共同の社会的特徴であり、これらがみられる一定の地域をコミュニティと呼ぶ。

記事のテーマとなっている「よきコミュニティ」とはどのような状況を指すのか。時代と地理を現代日本に限定し考えていく。コミュニティを構成する要素は「地域的範域」と「社会的・文化的同質性」である。現代では、地域的範域が時代を追うごとに拡大した一方、社会的・文化的同質性はモビリティが増す中で減退している。

つまり現代のコミュニティは「近代以前と比べて地域的範域が拡大した、社会的・文化的同質性が薄れたもの」といえるだろう。それはまさに多様性が増し拡大を続ける自治体の姿と一致する。むろん自治体の中にも地域的範域はあり、集落レベルや自治会レベルでもコミュニティは存在するが制度の共通性を考えると自治体が現代のコミュニティの地域的範域となるだろう。よってテーマである「よきコミュニティとは」をここでは「よき自治体とは」に置き換えてみることにする。

無縁」と「よきコミュニティ」

「無縁」という言葉を初めにきいたとき、筆者は「無縁社会」という言葉を思い浮かべた。しかし大谷大学教授の一楽も分析しているように、無縁社会というときに使われる無縁と網野が中世日本に発見した無縁は、字は同じでもその意味は大きく異なる。網野が指摘したように中世日本の無縁は受動的なものではなく極めて能動的に社会や権力の支配の及ばない場に向かうことを意味した。

向かった先の居場所は決して寂しい場所ではなく、独自のつながりがある孤立しない居場所であった。このような無縁が中世までは存在したのである。一学は、中世の無縁といまの社会を比較して、もしその言葉が助け合いや支え合いが切れているという意味でいうのなら「無援社会」というべきではないかと提言している。

一楽の主張は納得できる興味深い考察である。しかし、筆者は現代においても中世のような「無縁」の居場所をつくることは可能であり「無縁社会」と呼ばれる場合にも、援助が無い社会という意味で「無援」を用いるのではなく、能動的逃げ場としてのアジールとして機能する「無縁」が存在する社会という意味での「無縁社会」をつくることは可能ではないかと考える。

先ほど「よきコミュニティ」を「よき自治体」と置き換えてみた。岡壇の著書『生き心地の良い町』に登場した海部町は、まさに「よき自治体」といえるだろう。『生き心地の良い町』は自殺率が極端に低い旧海部町を研究した本である。過去にKAYAKURAで書評を掲載しているので、読んだことのない方はこちらの記事を読んでからのほうがこの先の話が理解しやすいかもしれない。

『生き心地の良い町』の中で示された海部町の自殺率を下げている要因は主に5つに分けられた。いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよいという価値観・人物本位主義をつらぬく・どうせ自分なんて、と考えない・「病」は市に出せ・ゆるやかにつながる、の5つである。

これら5つの特徴は網野が中世日本に見出した「無縁」の機能とまさに同じではないだろうか。いろんなひとがいてもよいという価値観は中世の世間においていけないことをした女たちという存在をアジールが受け入れていたことと一致する。人物本位主義という点は性別という分ける軸はあるものの、一般的に男よりも女は今以上に地位が低いとされた時代において女を受けいれていたという点で無縁と寺や施設は人物本位主義といえる。

どうせ自分なんてと考えないという点と「病」は市に出せという点は、まさに困りごとを抱えた女たちが諦めることなく能動的に動いた結果として寺や施設にたどり着くという点と一致する。そしてその場所では病を共有できる。一部、無縁の解釈に間違いがあるかもしれないが、私は海部町の特徴と無縁という機能のもつ特徴には共通点があると感じた。

まとめ-旧海部町にみる現代のよきコミュニティ像-

これらを踏まえて、よきコミュニティを整理するとそれはまさに海部町のような姿ではないかと筆者は考える。人物本位主義で人々が緩やかにつながり、多様性を受け入れ能動的に人々が発言し行動できる、これがよきコミュニティであり、よき自治体の姿であろう。

では一体どうすればこのような「よき自治体」「よきコミュニティ」をつくることができるのか。1つ目は能動的に自らの弱さを共有できる環境を整えることである。一楽の「無援」が援助することを善としておりそれが筆者としては引っかかる点である。援助以上に大切なのは、つらい人や課題を抱えた人がそれを周囲と共有できる環境をつくることである。無縁の場合も、女性たちは駆け込める場所とシステムがあるから駆け込めるのであり、駆け込める場所が無ければ駆け込もうという発想は思い浮かばない。これはアマルティア・センのケイパビリティともつながる。

2つ目は多様な居場所をつくることを支援することである。近年、まちづくりの現場ではサードプレイスが注目をあびていた。それは学校でも家族でもない第三の居心地がいい居場所を指す。人によってはそれがカフェかもしれないし、支援所かもしれないし、コミュニティスペースかもしれない。

重要なのは既存の施設や仕組みの中に居場所を作るのではなく、新たな独立した居場所をつくることである。不登校のこどもに「夜だけ学校を開放するから、夜に学校の相談室に来て」と伝えても、子どもは学校そのものが嫌であり行きたくないかもしれない。このとき学校とは別に公営塾があったりサークル活動が地域にあることは学校のカーストや地位を持ち込ませない人物本位主義の空間になるだろう。そういった居場所を欲する人たちが自らつくることを自治体はサポートすることで、多様性が増し地域的範域が広がったいまのコミュニティにおいても「よき」状態をつくることができるのではないだろうか。

参考文献

網野善彦, 1996, 『増補 無縁・公界・楽』平凡社.

網野善彦著作集(第5巻)posted with ヨメレバ網野善彦/稲葉伸道 岩波書店 2008年11月 楽天ブックスAmazonKindle

見田宗輔 他, 1994 『縮刷版 社会学辞典』弘文堂.

岡檀, 2013 『生き心地の良い町』講談社.

一楽真, 2011 『無縁』「文芸春秋5月号」.

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この記事を書いた人

KAYAKURA 編集部

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