【書評】 『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある』から考える地理的環境と自殺率のつながり

「自殺は自分で決めること」一般的にこう思われているが、実はそうではないとしたらどうだろうか。「自殺者が少ない地域と多い地域には異なる傾向がある」という事実を明らかにしたのが著者岡檀『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある』である。

社会学では古くから「自殺は環境に左右される」と論じられてきた。E, デュルケームは名著『自殺論』のなかで自殺を3つのパターンに分類し、時代状況や経済状況、社会的な孤立やアイデンティティの喪失が自殺と関連することを明らかにした。(デュルケームの論は今ではいくつかの誤りが指摘されているが)

現代日本において、最も自殺率が低い市町村の一つ徳島県旧海部町と近隣市町村の比較を通じて「地域にある何が自殺と関連する因子なのか」を分かりやすい文章で明らかにしている本書。この記事では『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある』の中でも特に第4章の「地理的環境と自殺率のつながり」に焦点をあて、本書の魅力に迫った。

自殺率が低い徳島県旧海部町の5つの特徴

第1章~第3章で、自殺率が低いことで知られる徳島県海部町と近隣の自殺率が高いA町を比較しながら、海部町の自殺率を下げている5つの要因を分析した。5つの要因は以下の通りである。

  • いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよいという価値観
  • 人物本位主義をつらぬく
  • どうせ自分なんて、と考えない
  • 「病」は市に出せ
  • ゆるやかにつながる

海部町の住民にみられる特徴の軸は「自分は自分、人は人」という価値観である。江戸時代から移住者が多かった海部町ではよそ者同士が共存していくために様々な仕組みが自ずとできあがっていった。

海部町の気風は、一般的に「地方」と括られる地域が持っている気風とは真逆のものが多くある。「郷に入っては郷に従え」「人物本位よりも家柄や世間体」「人に病を知られるよりは、隠したほうがいい」「強いつながり、共同体的なつながり」といったものが一般的に語られる地方の気風だろう。

これらの気風は決して悪いものではない。それが良い方向に働くこともある。しかし海部町の例から分かるのは、自殺率を下げるという面では地方的な気風はマイナスにはたらくということなのである。

山際の地域は海沿いの地域より自殺率が高い?地理が自殺率に影響を与える

第4章では筆者が全国の地域を対象に行った調査の結果、導き出した「自殺率を高めたり低めたりするのに影響を強く与えていた要素」の分析が行われる。影響を与えていたのは主に以下の要素である。

  • 可住地傾斜度(人が住む場所の傾斜)- 値が大きくなるほど自殺率が高まる
  • 最深積雪量 (人が住む場所の積雪量―値が大きくなるほど自殺率が高まる)
  • 可住地人口密度(人が住む場所の人口密度)-値が大きくなるほど自殺率が低くなる
  • 日照時間(人が住む場所の日があたる時間)-値が大きくなるほど自殺率が低くなる
  • 海岸部属性(海沿いの地域かどうか)-海沿いであるほど自殺率が低くなる

この結果はとても興味深い。なぜなら「住む場所の地理的環境が自殺率に影響を与えることが証明された」からである。筆者はこの結果を踏まえ、自殺率が高い地域と低い地域を分かりやすく一行でまとめている。

日本の自殺が少ない地域の特徴:「傾斜の弱い平坦な土地でコミュニティが密集し気候が温暖な海沿いの地域」

日本の自殺が多い地域の特徴:「険しい山間部の過疎状態にあるコミュニティで年間通して気温が低く積雪がある地域」

コミュニティの地理的環境が直接、自殺率に与える影響

自殺率を高めたり低めたりするのに影響を強く与えていた要素を踏まえて、筆者はコミュニティの地理的な特性がもたらす自殺率への直接的影響を4つあげている。

  • 日常生活に必要な社会資源へのアクセシビリティが低い=うつや自殺の危険因子
  • 傾斜の強い高所では移動が大変=身体活動量の不足がうつの危険を高める
  • 民家と民家が離れているため隣人との接触頻度が低い(社会的支援が少なくなりがち)
  • 自殺が多い地域の環境では「助けてくれ」といえない気質が身についてしまう

地理的な環境は人の性格や考え方に影響を与える。筆者は上記の結果を踏まえ、以下のような分析をした。

「厳しい自然環境が住民の生活活動に支障をきたし、孤立が強められ、忍耐力が植えつけられる。そのことが誘因となって、うつ状態が生じる自殺率が高まる可能性がある」

この結果をみて「じゃあ、自殺率が高い地域から低い地域に移ればいいのか?」と思う人もいるかもしれないが、それほど簡単な話でもない。自殺率が高い地域は逆にいうと忍耐強く我慢強い人が多い傾向にあり、これは決して非難されることではない。自殺率が低い地域の気質も高い地域の気質も、どちらも先祖から受け継がれた尊ぶべき美徳であり誰からも否定されるものではないのである。

自殺対策という面では自殺率が高い地域の環境は危険な方向に結びつくかもと注意喚起をしているが、場所を変えれば即座に変わるものではないし美徳が取り除かれればいいわけでもない。しかし本研究が明らかにしたのは、地理的環境が人の性格や考え方に影響を与え自殺率にも影響するという事実なのである。

まとめ-「どうせ…」といわない人を増やそう-

海部町は歴史的経緯と地理的環境がうまくクロスされた結果、驚異的な自殺率の低さを達成した事例である。しかし海部町の要素を細かく分解していくと、そこには明日から実践できる&自分の地域やグループに応用できる知恵がたくさん詰まっている。それが本書の魅力である。

「海部町の事例は参考にならない」「海部町だからできること」と割り切らず、本書を通して1つでもいいから自分の地域やグループに応用できるものを持ち帰ってもらいたい。筆者が応用できることとして提案しているのは「どうせ自分なんて」といわないように心がけること。

海部町の人たちは人物本位主義で自分たちは選択することができるし影響を与えられると考えている人が多いことがアンケート調査の結果あきらかになっている。「どうせ自分なんて…」「どうせこの街は…」と語っている大人が多い環境で育った子どもたちは、自分に自信を持てず同じように「どうせ…」というようになるだろう。

「明日からは”どうせ”は言わないキャンペーン」の輪が、あなたから広まることで地域の自殺率は低くなり自身をもてる人が増えてく。不完全であっても明日からできることを実践するのが大切なのである。

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最後に、効率よく学ぶために本を電子版で読むこともオススメします。

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この記事を書いた人

Masato ito

長野県出身、日本学術振興会特別研究員、武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所客員研究員、一橋大学社会学研究科所属。専門は社会学、政策学。2017年・2021年に創設に関わった2つのまちづくり事業が長野県地域発元気づくり大賞を受賞。後者は同年公民館アワードも受賞。現在は地方移住やまちづくり、地域政策に関する研究を行う傍ら、関連する分野のコンサルティングやアドバイザー、講師講演執筆などを行っている。毎日新聞、AERA、Oggi、Abema Prime Newsなど寄稿出演多数。