社会状況が変化し移動にも変革が求められたことで、いまMaaS(Mobility as a Service)が注目を集めている。MaaSが推進されれば社会に存在する多くの課題が解決され、私たちの生活やより効率的で快適なものになるだろう。日本におけるMaaS元年となった2019年が終わり新しい10年が始まったいま、MaaSについて学ぶことの意義は大きい。
MaaSが表れてきた時代背景-グローバル化-
MaaSが表れてきた背景には時代の強い要請がある。ここでは3つのMaaSが表れてきた時代背景を紹介したい。
SDGs
2015年9月に国連が発表したアジェンダにより世界はSDGs(持続可能な開発目標)の達成に向けて舵を切り始めた。経済・社会・環境全てのサスティナビリティを高め地球上のさまざまな課題を解決することがSDGsの狙いだが、目標達成のためにはモビリティにも大きな変革が求められる。
よりエコな移動手段への切り替え、各事業者が個々に交通手段を提供する状態からパートナーシップを組んでより効率的かつ持続的な交通モデルの実施、そして効率的な移動手段をまだ持っていない貧困地域や途上国に「誰一人取り残さず」快適な移動の機会を提供する、このようなSDGs達成のための要請は世界がMaaSを求めるキッカケの1つとなっている。SDGsについてより深く理解したい方はこちらの記事をご覧いただきたい。
モノ消費からコト消費へ
先進国において人々は必要以上のモノを手に入れ消費する段階へと突入している。モノがあることが当たり前となった社会において、人々は体験やサービスといった「コト」の消費に興味関心が向き始めている。より質の高いコト消費が生活を豊かにし満足感を与えるのである。
移動手段はこれまで個々人や各事業者がバラバラに「モノ」として提供してきた。しかし移動手段も手に入れて満足するモノ消費ではなく、より効率的で社会にとって持続可能な使いやすい移動手段を求めコト消費へと変化してきている。質の高い移動のコト消費を達成するためには事業者間連携や官民共同でプラットフォームを整備することが欠かせない。これが社会がMaaSを求める理由の一つとなっている。
技術革新
3つ目は技術革新である。MaaSはオンライン上のプラットフォームですべての情報を管理しサービスとしての移動を提供する仕組みである。これを実現するためにはサービスにアクセスするためのアプリとそれを使うためのスマートフォン、情報を集約するためのクラウド、人の移動や人口還流を認識するためのシステムなどが必要になる。現代は技術革新によってMaaSが実現できる準備が技術的には整ったのだ。実現のために残るは人間がいかに共通の理念に向かって連携していくかだけである。
MaaSの読み方は「マース」
MaaSは「Mobility as a Service」の頭文字を取った言葉で読み方は「マース」です。国土交通省も「マース」と表記しており日本ではこのよび方で統一されています。「マーズ」「エムエーエーエス」と呼ばれることはほぼない。
MaaSの定義-世界的に統一されたものは存在しない-
2020年現在MaaSに世界で統一された定義は存在しない。統一された定義がないことでイメージの共有がしづらくなっている一方、多様な解釈をよしとし各アクターが独創的な取り組みができている。ここでは2つの信頼性ある団体によるMaaSの定義を紹介する。
1つ目は欧州の官公庁や民間企業によるパートナーシップMaaS Allianceの定義だ。MaaSを「さまざまな形式の交通サービスを、オンデマンドでアクセス可能な単一のモビリティサービスに統合するもの」と定義している。日本では国土交通省による定義がある。MaaSとは「ICTを活用して交通をクラウド化し、公共交通か否か、またその運営主体にかかわらず、マイカー以外のすべての交通手段によるモビリティ(移動)を1つのサービスとしてとらえ、シームレスにつなぐ新たな『移動』の概念である」としている。
この2つ以外にもMaaSを定義づけている団体はあるが、鍵となるポイントをピックアップすると以下のようになる。定義ではなく押さえておくべきポイントを知ることで一気にMaaSの理解は進むはずだ。
- 個々に分かれていたモビリティサービスを1つにする試み
- モビリティをサービスとしてとらえる
- シームレス(境界が無い複数があわさった状態)な移動によりユーザーの利便性が向上する
MaaSにはレベルが存在する-レベルごとのメリット-
MaaSはサービスへの統合度を表すレベルが存在する。有名なものとしてスウェーデンのチャルマース工科大学の研究者が発表したMaaSを5段階にレベル分けしたものがある。以下の表が各レベルと統合の度合いである。
レベル0 | 統合なし | これまでの状況。移動主体がそれぞれサービスを提供している段階。 |
レベル1 | 情報の統合 | 利用者が異なる交通手段の情報を一括で検索できる段階。 |
レベル2 | 予約・支払いの統合 | 利用者が交通案内だけでなく同一プラットフォーム上で発券や予約、支払いまで行える段階。 |
レベル3 | サービス提供の統合 | 各交通手段・移動サービスを、利用者が複数の事業者が存在することを意識せず単一の運営主体が提供するサービスのように利用できる段階。 |
レベル4 | 政策の統合 | 事業者だけでなく国や自治体が都市計画や政策にMaaSを組み込み官民共同で社会問題の解決を図りながら、交通・移動サービスを整備していく段階。MaaSが目指す未来像はここにある。 |
現在の日本はレベル0らレベル1に移行する段階であるといわれている。Google MapやNAVITIMEによってシームレスな経路探索・交通情報を入手することはできるが、統合されているのは一部にとどまっている。日本に限らず各国がより高いレベルに移行するためには官民がパートナーシップを組む必要があるだろう。MaaSは官民協働なしに達成するのが難しい新しい時代のサービス形態なのである。
日本におけるMaaSの先進的事例
2019年が日本のMaaS元年と呼ばれる通り、日本は他の先進国と比べるとMaaS推進は遅れている。しかし自動車大国であり高い技術力で数多くの移動サービスを海外に輸出してきた日本では、これから日本版MaaSが一気に広まる可能性がある。ここでは2つの日本における代表的な取り組みをみていきたい。
日本で最も注目を集めるMaaS企業はトヨタ自動車である。2018年10月にソフトバンクと提携して「MONET Technologies」を設立。2020年3月にはNTTとの資本業務提携に合意した。2020年4月にはスマートシティ構想を視野に入れたモビリティサービス・プラットフォーム(MSPF)の機能強化とコネクティッドカーの世界展開に向け、トヨタコネクティッドとNTTデータが業務提携もスタート。トヨタは2016年末に発表した「コネクティッド戦略」に基づいて、MaaSへの取り組みを加速させると同時にMaaS戦略を支える情報プラットフォームMSPFの展開を推進している。2016年から2020年までコツコツと続けてきた土台作りが2020年代にどのように花開くのか注目である。
高速バス大手のWILLER株式会社はMaaSの先進的取り組みを行っている企業の1つである。WILLERや京都府などが参画している京都丹後鉄道沿線地域MaaS推進協議会は、京都丹後鉄道沿線エリアで鉄道を主とした地方郊外型のMaaSの取り組みを2019年から始めている。2020年2月からはQR コードによる決済と認証を取り入れた実証実験を行っており、このサービスが実現すれば鉄道とバスを組み合わせたシームレスな移動が実現し、地域住民の利便性が向上するだろう。WILLERは子会社がシンガポールでもMaaS事業を展開しており今後の動向に注目である。
国外におけるMaaSの先進的事例
ABeam Consultingの調査によれば2019年1月時点で、欧州、米国、中国、日本、シンガポールでは100以上のMaaSサービスプロバイダーが存在している。特にドイツやフィンランドを筆頭に欧州ではMaaS推進の動きが勢いを増している。
ドイツの首都ベルリンは最もMaaSの取り組みが進んでいる地域の一つだ。ベルリン市交通局が運営するMaaSアプリ「Jelbi」は、目的地に応じた最適な移動手段とルート探索や、移動費の決済ができるワンストップサービスで、官民の垣根を超えて多くのモビリティサービスとパートナーシップを形成している。月額定額制の料金形態ではなく移動ごとに料金を払う仕組みだがトラム・バス・自転車・電動キックボード・スクーター・地下鉄などのシェアリングサービスが利用できる。
MaaSという概念が生まれたフィンランドのベンチャー企業MaaSグローバルが展開するモビリティサービスの統合アプリ「Whim」も、MaaSを語るうえで欠かせない。Whimは経路探索とモバイル決済が可能なアプリでJelbiと軸は重なっている。現在地と目的地を入力すると最適な経路と移動手段を提案してくれるのだ。Jelbiと異なるのは料金プラン。月額定額コースがあり月約65000円前後のコースに登録すると、一定エリアの公共交通、5㎞範囲のタクシーが無制限で乗れ、レンタカーやカーシェア、自転車シェアが何回でも利用できる。Whimを可能にしているのはフィンランドが持つ官民学連携でオープンデータとオープンAPIを実現するビジネス生態系「エコシステム」であることは間違いない。日本も官民共同で住民を巻き込んだサスティナブルなエコシステムの形成が望まれる。
まとめ-MaaSがより高いレベル移行するうえで日本が抱える課題-
日本でMaaSが急速に普及するために欠かせないのが官/行政の能動的な姿勢である。利益重視ではなく社会課題解決重視のMaaSは企業だけでなく行政がこれまで悩んできた地域の課題を解決する可能性がある。MaaSへの参入が企業に利益をもたらすことは明らかになってきたが、行政はまだMaaSの恩恵を認識しているところが少ない。
この状況を打破するために必要なのは行政の能動的な姿勢と、行政や地域住民を巻き込みパートナーシップの形成が欠かせない。MaaSは人の移動が多様化し活発化した現代にうってつけのサービス形態であると同時に、地域の多様性が増し人々のバックグランドや価値感が異なる状況を共通の理念によって乗り越えていかなければならない。
MaaSに関連する人々の移動についてもっと知りたい方は以下の記事もご覧いただきたい。
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