移動と摩擦-移動をアップデートするための提言-

人間が社会の中で生きていくうえで「移動」が持つ意味はいったいなんだろうか?

車に乗って買い物に行く、会社に出勤する、海外を訪れるなど私たちの生活は移動と共に成り立っているといっても過言ではないだろう。移動によってうける恩恵は多岐にわたる一方で、人が移動することにより起こる環境負荷や移動の機会が無いことで平等に権利を享受できないことも多くある。

移動と摩擦は切り離せない。人が移動することで触れあった対象との間には摩擦が発生し、摩擦によって散った火花がやがて大きな炎になることもある。果たして移動とはなんなのか、摩擦とはなんなのか、そして摩擦を乗り越えるためにいま私たちに求められる「移動のアップデート」とはいったいどういう状況を指すのだろうか。

移動の多様化と活発化-前近代的束縛からの解放とグローバル化-

フランス革命と産業革命によって、近代社会は前近代的な束縛から解放されることになった。職業選択の自由、居住選択の自由、階層移動の自由などそれまで不自由だった「移動」が人々の当たり前の権利として認められはじめたのだ。社会学の祖であるA,コントは時代が変化し移動が自由化することで社会がどのように変わるのか、移動にともないどのような事象が発生するのかに問題意識を抱いた。

コントが抱いた問題意識は「社会の中の移動が多様化し活発化することで社会はどのような影響うけ、どのような変化をするのか」と言い換えられる。この問題意識はときを経てグローバル化が世界を席巻する現代においても有効である。グローバル化の本質は「モノ・金・人・情報が国境を超えて移動する」ことにほかならないからだ。

他国で安価につくられたものが国境を超えて私たちの手元に届く、国際送金やブロックチェーンなどの技術革新によって金が容易に国境を超える、中東で起こる紛争の映像がリアルタイムで画面に映し出される、LCCによって12時間で安く世界の裏側まで行ける、これらは全てグローバル化の成果であり「移動の活発化」によって可能になっていることである。

摩擦-移動が世界にもたらす恩恵と弊害-

技術革新とグローバル化により移動が多様化し活発化した現代において、移動の自由度が増したことで大小さまざまな摩擦も発生している。科学的な言い方をするならば、互いに接触する2つのものの表面が相互運動をおこなうときに発生する摩擦によって生じる摩擦力が火花を発生させ、大小さまざまな溝や壁をつくっているといえるだろう。

ここではいくつかの例を参照しながら、移動が多様化し活発化したことにより私たちが享受する恩恵と世界各地で発生する弊害をみていく。

アメリカとメキシコの国境に壁をつくる

テクノロジーの進化とグローバル経済の変化によって世界がフラット化した結果、恩恵を感じられない労働者は賃金が引き下げられることや職を失うことを恐れている。これまで自分たちのまわりにはいなかったよそ者がやってきて、慣れ親しんだ国の文化や習慣が変ることを恐れているのだ。

ユーラシア・グループ社長のイアン・ブレ―マーもいうように、ドナルド・トランプが「われわれ対彼ら」の構図をつくったのではなく、この構図がドナルド・トランプを生み出した。グローバル化の反動としての極端なナショナリズムや排外主義はポピュリストによって生み出されたものではなく、移動が多様化し活発化したことで芽生えた「恐怖」が生み出したのだ。その代表例がドナルド・トランプが目指すアメリカとメキシコの国境に壁をつくることだろう。

規模小さくし国内をみると、都市から地方への移住者と地元住民の摩擦もここに含まれる。行き過ぎた消費社会と資本主義に対して疑問をもった人たちが農村の持続可能なライフスタイルを求め移住、子どもの成長期に自然あふれる環境で育てるために一時的に移住、早期退職し第二の人生を楽しむために移住、離婚によって子どもと自分だけで暮らすことが厳しくなったり親の介護が必要になったりしての移住など、理由は様々だが移動のハードルが低くなったことで都市から地方への移住は多様化している。

地元住民からすると都市から地方に移り住むという価値観がそもそも理解できないことがある。自分たちは職を求め社会的な成功を求め都会に出ようとしていたり都会に嫉妬していたりするのに、なぜ彼らは逆に自分たちのもとへやってくるのか。

生まれ育った環境も働いてきた環境も異なるため理解できないことが多く、地元住民は「情報不足からくる恐さ」によって保守的で排外的なスタンスをとってしまうことがある。同時にこれまで守ってきた当たり前の文化や習慣が合理性や時代遅れの名のもとに破壊されることへの恐さから差別的になることもあるだろう。移動はこれまで交わることのなかった人々を交わらせることで、新しい価値観を芽生えさせると同時に差別や偏見へと結びつくこともあるのだ。

日常を破壊する観光客

観光産業は21世紀に最も成長する産業の1つであるとある学者はいった。UNWTOの発表によれば世界の旅行人口は2010年から8年間で約4億5000人増加、約1.5倍となり日本のみならず世界中で観光客が増加している。

LCCによって長距離の国境を超えた移動が安くできるようになったこと、OTAによって仲介料を極限まで安くして旅行ができるようになったこと、スマートフォンの普及とインターネットの整備によって異文化へのハードルが低くなったこと(Google MapやNAVITIMEはその代表例)、20世紀を支えた工業や軍事産業に変わる稼げる成長産業を各国が求めたことなどが観光客が増加した理由である。これらは全て「移動」と関連する変化であることは明らかだ。

観光客の増加は世界中の人が新しい文化に触れ歴史的価値が高いものを見られるようになったことを意味する。この事実自体に負の側面はないだろう。しかし観光客の増加は受け入れ地域や移動の過程でさまざまな摩擦・弊害を発生させていることもまた事実である。

ベネチアやバルセロナが観光客が多すぎることで発生した「観光公害」を理由に観光客の削減に乗り出したことは記憶に新しい。バルセロナでは年間約3200万人の観光客がおとずれる一方で約7000件の違法民泊や過剰飲酒による迷惑行為などが問題となっている。移動が多様化し活発化した結果、住民の生活が脅かされる事態になった代表的事例だ。

観光客が移動する過程でも弊害は発生している。米国マサチューセッツ州ケンブリッジにあるマサチューセッツ工科大学の航空工学者で研究チームを率いたスティーブン・バレット氏は、「高度約900メートル以上で発生する排気ガスは未規制で害が多い。人の死につながるような汚染をもたらす」と警告する。

バレット氏の試算では世界中で毎年約8000人が約1万メートルの巡航高度で航空機から排出される汚染部室によって命を落としているという。一方、航空機事故で死亡する人は毎年約1000人である。国境を超えた移動を伴う観光をする人が増えることで、環境は汚染され人体に悪影響を与えている側面があることがわかる。

移動の質を向上させる-移動による摩擦を乗り越えるために-

技術革新とグローバル化による移動の多様化と活発化はさまざまな摩擦を発生させ溝を深め壁をつくることがあるという事例をみてきた。これは現在進行形で起こっていることだが、一方で私たちは移動の多様化と活発化を正しく取り扱うことで移動をアップデートさせ、新しい移動の価値を生み出せるようになってきている。

日々高まる移動の自由性の高まりを阻止することは不可能であり、移動性の高まりと私たちは共生する道を選ばなければならない。そこでここからは、観光・地方移住・サービスとしての移動(MaaS)・働き方の4つの側面から移動の質を向上させる方法をみていく。

観光-キーワードは「サスティナブルなマネタイズモデル」-

移動の多様化と活発化により観光公害や移動時の環境汚染が問題となっている観光業だが、移動と密接に結びついた観光でこれからの時代にキーワードとなるのは持続性である。

筆者は2017年に半年間英国のバースで観光産業に携わっていた。バースは年間に数百万人の観光客を受け入れる英国屈指の観光地である。バースは2000年代に観光バスの乗り入れによる環境汚染や渋滞で甚大な観光公害を経験している。しかし2017年に筆者が訪れた際は観光公害の大部分は克服していた。

バースが観光公害を回復できた一番の理由は「住民が観光の弊害よりも恩恵を多く受けられる仕組みをつくったこと」である。税収を基にした予算をもとに観光産業を運営するのではなく、観光地の入場料や体験料を引き上げ観光による収益で観光コンテンツをさらにブラッシュアップし、今まで以上に高品質なものを提供することでさらに観光での収益を上げることに成功したのである。そこで得た収益で観光コンテンツである街並みを整えたり観光客も住民も使いやすい道路設計に整備しなおしたりと、観光地としての誇りを高める取り組みに注力したのだ。

その結果バース市民の多くは「観光客がいることで自分たちは豊かな生活ができている」という感覚をもち、英国屈指の観光地としての誇りとアイデンティティが醸成されたのである。移動によって発生した公害や環境汚染を解決するためのお金を住民が出すのではなく、観光という移動によって得た利益で公害や環境汚染を解決するというサスティナブルなマネタイズモデルを構築した点がバースの事例からの重要な学びである。

バースは移動を制限する選択肢もあったふぁ、移動の制限は公害や環境汚染を減らす一方で収益とブランドを下げることにもなる。移動の質を高めると同時に住民のクオリティ・オブ・ライフも高め、住民も行政も観光客も満足するWin-winな移動のモデルをつくることがこれからの時代にはカギとなる。

地方移住-手間暇をかけた最適化-

都市から地方への移住が先進国における一つの大きな流れとなってきているが、一方で住民の中には慣れ親しんだ文化や習慣をこわす「恐れる」対象として移住者を認定する例も少なくない。人の移動が都市と比べて少ない地方にとって、移住者の受け入れは「われわれ対彼ら」の構図と「彼らの受け入れに賛成な人対彼らの受け入れに反対な人」の構図をつくることになりかねない。

残念なことに、もともとその地域に最初から住んでいた人などほとんどいないにも関わらず一定期間以上暮らすと、人々は自身や自身のルーツが移動してきたことを忘れてしまう残念な生き物である。しかし悲観的になってもしょうがない。観光客同様に受け入れを拒むことも得策ではない、なぜなら人は住みたい場所に住む権利があるから。私たちがすべきは移動の質を高め住民も移住者もWin-winにすることである。

移住という移動のアップデートでキーワードとなるのが「手間暇かけた最適化」である。これまでは「地元住民」か「移住者」の二項対立、白か黒で語られることが多かったがそれが問題の元凶である。そもそも地元住民の中にも50年住んでいる人もいれば10年しか住んでいない人もいる、移住者の中にも移動してきてすぐに新築の住居を構える人もいれば、二拠点居住のようなカタチから始める人もいる。つまり「移動して住む」行為にはグラデーションがあるのだ。

年間に数千人が移住してくる地域は少なくほとんどの地方自治体は年間数十人~数百人の移住者を受け入れている。二項対立の構図をつくらないためにも受け入れ側の自治体は手間暇かけた個別最適化の実践が大切である。新築を構える人向けの対応、関係人口/交流人口から入る人向けの対応、二拠点居住したい人向けの対応など受け入れ時の対応にグラデーションをもたせることで、単純な二項対立は起こりにくくなる。受け入れ側の住民はバッファーとしての行政がグラデーションをもたせ個別最適化することで急な移動による「恐さ」を感じにくくなる。移住者も最適化されることで「移動してよかった」という思いが強くなるだろう。

人口減少社会では人口増加社会ではできなかった個別最適化のために手間暇をかけやすくなる。移住という移動の弊害を少しでも少なくするために、住民が恐さを感じるのではなく恩恵を受けられる仕組みをつくり、両者に手間暇かけた個別最適化することが移住のアップデートにつながるだろう。多様な選択肢を用意することが移動の質を高めWin-winな状態を達成するためには欠かせない。

MaaS-交通手段での移動を「サービス」としてとらえつなぐ新しい移動の概念-

移動の質の向上の代表例がMaaSである。Mobility as a Serviceの頭文字をとったこの造語は2019年に日本でも普及し始めた。MaaSとは国土交通省の定義によれば「ICTを活用することで交通をクラウド化し、マイカー以外の全ての交通手段での移動を「サービス」としてとらえシームレスにつなぐ新しい移動(モビリティ)の概念」である。

多様化し活発化してきた移動は、これまで企業ごとに異なる決済方法で異なる登録手続きで移動主体が各々サービスを提供している状態だった。しかしテクノロジーの発達により、スマホを利用した全ての公共交通サービスのワンストップサービス・移動系ゲームアプリを利用した移動制御・公共交通のサブスクリプション化など複数の移動主体が連携することができるようになってきた。

現在は統合されていない移動を、まずは一括で交通手段の情報が検索できる段階を目指し、次に同一プラットフォーム上で予約・支払いが行えるようにし、さらに利用者が複数の事業者が交通手段や移動サービスを提供していることを意識せずにサービスが提供できる段階を目指し、最終的に事業者だけでなく国や自治体やMaaSを取り入れ官民共同で社会問題の解決を図りながら、交通・移動サービスを整備していくことで、移動のアップデートは達成され移動の質は向上する。

移動が多様化し活発化することで溝や壁を生むのと正反対に、これまで争ってきた事業者や行政が一体となって利益と社会問題の解決を目指すのがMaaSの特徴である。MaaSが目指す移動による社会問題の解決を達成するにはパートナーシップの構築とハブとなる人材が欠かせない。いかに世界が孤立化することなく手を取り合えるかが移動の質を高めるうえでカギとなることをMaaSは示している。

働き方-移動しないことで移動の質を高める-

最後に取り上げるのは働き方である。一見すると移動と何も関係ないようにみえるが実は移動の質の向上は働き方改革と大きく結びついている。新型コロナウイルスの拡大防止のためにテレワーク/リモートワーク的アクションの半強制的導入が多くの企業でされている。理由は新型コロナウイルスは「人の移動」によって拡大するリスクが高いからだ。

デジタル技術の向上により人々がオフィスにいなくても仕事ができるようになったのはつい最近のことである。いや正確にはまだほとんどの企業でテレワークやリモートワークは導入されていない。働くためにはリアルな移動が伴う時代が数世紀にわたって続いているが、毎日の数十億人の移動は環境に大きな負荷をかけている。身体的理由や家庭の事情により移動が厳しい人は働く権利を失う事にもなる。

ビデオ通話技術の向上、リアタイムでのチャット、クラウドでの情報共有などデジタル技術の向上によって今以上にテレワークやリモートワークが広まれば、家にいながら仕事ができる人は増え毎日の移動による環境汚染も減退するだろう。現に新型コロナウイルスによる人々の移動自粛が環境への負荷を少なくし一部で環境が回復している例が報告されている。

移動の質を究極的に高めるには移動しないのがいい、こんな逆説的な結論が働き方の例からみえてくる。移動による負担の軽減、移動できない人が移動できる方法を追求するより移動しなくても移動しているのと同じことができる状態をつくる、移動による弊害を少なくするのではなく移動そのものをやめ新しいコミュニケーションのカタチをとることで弊害をなくす。

この発想は働き方以外にも取り入れられるだろう。現地に行って楽しむ観光ではなく家にいながらVRセットで楽しむ観光のスタイル、地方に移住するのではなく興味ある地域の暮らしや景色を音声やビデオによる通信で享受する、移動しないで移動の質を高めることは移動のアップデートの究極のカタチだがすでにそれは一部で実践され始めている。

最後に-移動の質は待っていて向上しない-

移動と摩擦は切り離せない。人が移動することで摩擦が発生し、摩擦によって散った火花がやがて大きな炎になることもある。しかし私たちは、いまデジタル技術の革新やパートナーシップの推進によって移動の質を高める=移動をアップデートし摩擦を解消する方法を手にしようとしている。

本記事の一番最初の問いかけ「人間が社会の中で生きていくうえで「移動」が持つ意味はなんだろうか?」の答えは、人によって違うだろう。あえて筆者なりの答えを提示するなら「移動は影響」である。誰かが1mmでも移動すれば社会に影響が与えられ、身体を移動しなくてもモノや金が移動すればその影響はどこかに派生する。移動は人が社会の中で生きていることを最も強く感じさせるアクションなのかもしれない。

移動の質は待っていても向上しない。より摩擦の少ない人々にとって恩恵が大きい移動を実現するために、私たちはこの先も移動と向き合い移動を常にアップデートしていかなければならないのである。

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この記事を書いた人

Masato ito

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員/講師。長野県出身。博士(社会学)。一橋大学大学院社会学研究科、日本学術振興会特別研究員を経て2024年より現職。専門は地域社会学・地域政策学。研究分野は、地方移住・移住定住政策研究、地方農山村のまちづくり研究、観光交流や関係人口など人の移動と地域に関する研究。立命館大学衣笠総合研究機構客員研究員。武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所客員研究員。日本テレビDaydayやAbema Prime News、毎日新聞をはじめ、メディアにも多数出演・掲載。