フューチャーデザインとは?自治体で開催されたワークショップを報告

学生は春休み真っ最中、社会人は1年間の総まとめでバタバタしている年度末の3月23日(金)。長野県池田町で開催された「フューチャーデザイン学習会」。フューチャーデザインとは何かを学ぶと同時に、イベント参加者も実際にフューチャーデザインを体験するワークショップが行われた本企画。僕も一参加者として参加しました。

この記事は、「フューチャーデザイン学習会」の当日のレポートです。

 主催は、2018年度から信州大学と長野大学の学生、そして池田町の若者が主体となって地域の未来を考える「池田つむぐプロジェクト」。

学習会の事前告知チラシ

 当日の会場は、2018年度に新しく池田町のまちなかにできた「シェアベースにぎわい」というコワーキングスペースでした。

会場となったシェアベースにぎわい。普段は貸しスペースやカフェスペースとして地域住民に利用されている。

 講師は、実験経済学・ミクロ経済学が専門で、近年は大阪大学や高知工科大学の研究者と共にフューチャーデザインについての研究を行っている信州大学経法学部の西村直子教授。

◆講師プロフィール
西村直子教授
【略歴】
東京大学経済学部卒
Johns Hopkins University (USA) 経済学研究科 Ph D.(博士号)取得
信州大学 学術研究院社会科学系 教授
経法学部 副学部長
【審議会等】
長野県地方労働審議会委員,H21.8.1〜H29,3,31
長野県固定資産評価審議会 会長 H23.11.1〜H29,3,31
長野県公共工事入札検討委員会委員 H24.7.1〜現在

フューチャーデザイン学習会のタイムスケジュール

3月22日 18時30分~22時00分

18時30分~19時20分 イベント開始 西村教授による講座

19時30分~20時30分 フューチャーデザインを用いたワークショップ

20時30分~21時00分 イベント終了 交流時間

フューチャーデザインとは?

そもそも、フューチャーデザインとは一体何なのか?講座はそこからスタートしました。

フューチャーデザインの考え方の元となっているのは、アメリカに住むイロコイ・インディアンという部族の憲法「偉大な結束法」というもの。この憲法には「すべての人々、つまり、現世代ばかりではなく将来世代を含む世代を念頭に置き、彼らの幸福を熟慮せよ」(『フューチャーデザイン』)と書かれており、フューチャーデザインという言葉もそこからきています。

なぜフューチャーデザインが今、注目を集めているのか。

私たちの目の前には今、様々な社会課題が山積みになっています。これらの課題を解決することはとても難しく、世代や職業を超えて合意することは不可能に近いものも少なくありません。また、個人としては正しい選択肢が分かっていることでも、仕事や社会的な立場が関係して選択したいという気持ちになれないこともあります。

フューチャーデザインは、それらの課題を解決するための新しい手法として大阪大学や高知工科大学、信州大学の様々な研究者が今まさに世の中に広めようとしている手法です。

一言でいえば、それは「未来人になりきって物事を考える」手法です。似た考え方としてバックキャスティングというものがありますが、それとは少し異なります。

  • バックキャスティング:将来想定から逆算して、現代世代の利害に最も合致したものを考えること。
  • フューチャーデザイン:将来想定から逆算して、将来世代の利害のために現代世代が行うべきことを考えること。

現代を生きる自分が抱いている葛藤や利害から解放され、現代を生きる自分を横に置いたうえで未来を生きる自分が課題について考え発言する手法なのです。

18時30分~19時20分の講座では、フューチャーデザインとは何かについてのほかに、具体的な実施事例のレクチャー西村先生から受けました。

フューチャーデザインを体験してみた

休憩をはさんで後半は、参加者全員で実際にフューチャーデザインを使ったワークショップを体験してみました。

テーマは「2040年の池田町」。今から約20年後の2040年の池田町の住民になりきって、2040年にどんな生活をしていて、2040年にどんな課題が地域にあって、どんな楽しい生活を2040年の自分はしているのかを2つのグループ(1グループ約10名)に分かれ、みんなで話しました。

僕が所属したグループには、ホテル従業員の20代女性、町議会議員の40代男性、コミュニティスペースを運営する70代の夫婦、信州大学の学生男女1人ずつ、観光業の50代男性、役場職員の50代女性、そして20代の僕の9人がいました。

なんとなくの流れで僕が司会進行をすることになったので、とりあえず1人3分くらいで2040年の自分になりきって2040年の話をしていくことに。未来の自分になりきることをフューチャーデザインでは「とぶ」と言いますが、簡単にとべるひとばかりではありません。

西村先生いわく「若者よりも年長の方のほうがとびやすいですね」とのこと。とぶときのポイントは、言葉の語尾を断定口調にすること。

「僕は、全ての買い物をオンラインショッピングで済ましていると思います。」

これではとべていません。「思います」という言葉を使っているのは、まだ現代の自分から抜け出せていない証拠。

「僕は、全ての買い物をオンラインショッピングでしています。」

これだと、とべていますよね?2040年の自分視点で話をしています。

フューチャーデザインを体験して気が付いたこと

40分間のワークショップはあっという間だった。普段、仕事柄まちづくりのワークショップに参加することが多いですが、これほど早く感じたのは初めてかもしれません。

40分間を振り返って気が付いたことが2つあります。

1つ目は、ネガティブな発言がほとんど発せられていないことです。未来人になった参加者は、「過疎化した山間の集落にもドローンで商品を輸送できるから、交通インフラの問題で移住しないといけないことは無くなる」「社会福祉が行政から民間の仕事に変わることで、今よりも質が向上する」など、ポジティブな未来を描いていました。

人は発する言葉の多くを、自分が今たっている社会的な地位や世間の視線に縛られています。縛られた私たちは、希望を語ることに気恥ずかしさを感じ、明るい未来を語ることができない心の持ちように自然となってしまっているかもしれません。

しかし、フューチャーデザインでは自分が今置かれた立場と全く異なる場所にいる自分が言葉を発することになります。すると、自然と縛られた紐はするりと解けポジティブな未来を語ることができるのです。そして、明るい未来を語ることは結果的に今、私たちがやらないといけないことをポジティブに考えさせるきっかけを与えてくれるのです。

2つ目は、参加者が自分とは異なる視点をもつ人が発した言葉を、否定することなく受け入れていることです。

僕が参加していたグループで、終わり際に70代の女性がこんなことを言いました。

「2040年は、AIとかが普及しているけどコミュニケーション力が高い人が生きやすい時代で、コミュニケーション力が低い人にはつらい時代なんですよね…」

それに対して、大学生の男の子はこのように言いました。

「でも、2019年には大変だったコミュニケーションもロボットがやってくれていますよー」

続いて、行政ではたらく50代の女性は、こう言いました。

「社会福祉に私は長年携わっていますが、福祉もAIが導入され便利になった面と複雑になった面があります。AIでは、まだ分からない人間の感情がありますから…」

このやり取りの中には、相手の意見に対する否定がありません。フューチャーデザインは、未来で起こることを話しているので正解がありません。そして同時に、不正解もないのです。正解や不正解を意識することなく言葉を発する機会は、現代の私たちには意外と多くありません。メディアを通して入ってくる情報や学校で習ったことから外れないように、周りの人に馬鹿にされないようにと常にどこかで意識しながら言葉を発しています。

フューチャーデザインで話す内容は、どれだけメディアで情報を仕入れていても、どれだけ学校で勉強をしていても正解が分からないことです。そうすることで、結果的に参加者は相手の意見を否定することなく自分の意見を言うことができるのです。

フューチャーデザイン学習会まとめ

学習会の途中で、西村先生は長野県松本市で開催したフューチャーデザインワークショップのデータから、フューチャーデザインによって個人の将来価値がどのように変化するのかを教えてくださいました。

  1. フューチャーデザインを経ると、自分の中の将来価値が上昇する。
  2. フューチャーデザインを経ると、女性のほうが男性よりも将来価値が上昇する。
  3. 現在、運命を共にする相手が存在するとき、将来価値が上昇する。
  4. 将来登場する相手が存在するとき、女性と年配層の将来価値が上昇する。

フューチャーデザインは、現在存在する課題を解決するための手法ですが、1人1人が課題を解決したいと思うためには、将来に対する価値を高く感じる必要があります。フューチャーデザインは、1人1人の将来の価値を高めるツールであるとも言えるのです。そして、価値を高めるためには、現在もしくは将来に自分にとって大切な人/放ってはおけない人がいることが大切だと先生は言います。

フューチャーデザインは、脳科学や実験経済学の理論やデータを用いて提案実施されている学問的に非常に信頼度が高いワークショップの手法です。フューチャーデザイン学習会では、具体的な理論やデータのほかに全国での実施事例も学ぶことができ、ただ楽しく未来にとぶだけでなく、その裏側も知ることができました。

イベントを主催した池田つむぐプロジェクトでは、2019年に実際にフューチャーデザインの手法をつかって、大学生と地域住民が一緒に地域課題を考えるワークショップを開催する予定だそうです。

世代や社会的地位を超えて未来人になりきってポジティブな将来を描くことで、現在は理解しあえない人同士も、相手の考え方に合意できない人同士も、お互いを大切に思い尊重し協働で課題を解決していくことができる可能性を池田つむぐプロジェクト主催のフューチャーデザイン学習会で感じました。

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この記事を書いた人

Masato ito

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員/講師。長野県出身。博士(社会学)。一橋大学大学院社会学研究科、日本学術振興会特別研究員を経て2024年より現職。専門は地域社会学・地域政策学。研究分野は、地方移住・移住定住政策研究、地方農山村のまちづくり研究、観光交流や関係人口など人の移動と地域に関する研究。立命館大学衣笠総合研究機構客員研究員。武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所客員研究員。日本テレビDaydayやAbema Prime News、毎日新聞をはじめ、メディアにも多数出演・掲載。