「アイデンティティ」聞き馴染みはありますがいまいち意味が分からない言葉ですよね。「同一性」「自分らしさ」なんて言われたりしますがピンときません。
- アイデンティティは変えられるものなのか?
- アイデンティティはつくれるものなのか?
- 自己啓発でアイデンティティは取り戻せるのか?
考えれば考えるほどわからない言葉「アイデンティティ」 この記事では、アイデンティティを長年研究してきた社会学の視点からわかりやすく解説してきます。この記事を読むと分かるのは以下のようなことです。
- アイデンティティは他人がいてはじめて確立される
- アイデンティティが確立しにくい時代を私たちは生きている
- アイデンティティ≠「個人」「本当の自分」
- アイデンティティは住む地域によって変わる
驚きましたか?「私が考えていたアイデンティティと違う!」と思った方は、ぜひ記事を読み進めてみてください。
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アイデンティティとは?意味と具体例
アイデンティティとは一言でいうと「他人との関わりの中で得る”自分は誰なのか?”という問いに対する答え・自分は自分である!という感覚と”今日の自分と明日の自分は同じ人”という自覚」のことです。
他人や社会から与えられた属性「名前」「社会人」「お母さん」「教師」「学生」や、自分が所属するもの「日本」「東京都」「野球チーム」「企業」に囲まれていることではじめて、私たちは「自分とは誰か」を認識できます。そして属性や所属を組み合わせたとき「日本の東京都で学校の先生をしていて、土日は野球チームの1員としてキャッチャーを頑張っている山田太郎26歳」というアイデンティティが確立されるのです。ただし、場合によってはこのなかの強くコミットする1つ「僕は教師だ!!」という場合の「教師」を指して、アイデンティティということもあります。
「アイデンティティは1人で頑張って確立しないといけない!」と思っている人が多いですが、それは誤解です。自分のいろんな側面を他人に見せて、それを承認する他人がいることがアイデンティティを確立するためには不可欠なのです。どんなに自分が「私は日本の東京都にある学校の教師です!」と思っても、日本の東京都の教員採用試験に受からなければ、学校で他の先生や生徒に信頼されていなければ、それは教師としてのアイデンティティを獲得したことにはなりません。
私たちは「何者か」であることを求めてやみませんが、「何者か」であるためには「誰か」が必要なのです。
アイデンティティは日本語で「同一性」「自己同一性」
アイデンティティは日本語では「同一性」「自己同一性」と一般的には訳されます。
アイデンティティ=「本当の自分」「個性」と言われることがありますが、これは間違いです。アイデンティティは「自分は自分であるという自覚」なので、「自分にはまだわからないけど多分眠っている自分」を指す「本当の自分」や「他の人比べて認識する他人とは違う性質」を指す「個性」はアイデンティティではありません。
アイデンティティ=「自分らしさ」と言われることもありますが、こちらは間違いとはいえないものの正しいともいえません。「同質性」も「アイデンティティ」もニュアンスが固いので、軽くいうときに「自分らしさが~」と使うのはOKだと思います。
アイデンティティの正しい使い方
アイデンティティは取り扱いが難しい単語です。知っていてもいざ文章で使うとなると間違えやすいので、正しい使い方を以下に示します。
- 現代はアイデンティティを確立するのが難しい時代だ
- 日本人のアイデンティティは○○だと思う
- アイデンティティがないと悩み事が多い気がする
- このロゴはうちの企業の理念を示すアイデンティティだ
「アイデンティティ」を提唱したのは米国の精神科医エリクソン
アイデンティティを理論的な言葉として定着させたのはアメリカの精神科医エリクソン, Eです。エリクソンは人間の発達を独自に8つに分け、そのうち青年期に獲得すべきものを「アイデンティティ」と名付けました。小さなころから青年期にかけてたくさんの人と会って話しコミュニケーションを交わすことで、アイデンティティが確立するとエリクソンは考えたのです。
しかしエリクソンが求める課題「青年期にはアイデンティティを確立しよう!」は、心や社会とうまく関われないとできない難しい課題です。自分に自信が持てない、友達や家族にたくさん否定される、悪い道にどんどん進んでしまうなどなど。
エリクソン自身もアイデンティティは青年期にそんな簡単に確立できるものではないと分かっていました。失敗する可能性も大きいし失敗すると生活に与える影響も大きいかもしれない、そこで青年期の若者が自分のアイデンティティを失敗を恐れることなく探せる期間を「モラトリアム期間」と名付けました。
ただエリクソンが考えたこの流れは近代特有の世界や社会を前提にしていたので、現代に入ってから少しずつこの流れと現実のギャップが大きくなってきました。その結果生じているのが「アイデンティティの危機/アイデンティティクライシス」や「大人になっても自分探しがとまらない状況」です。
「アイデンティティがない」とは? アイデンティティ・クライシス/アイデンティティの危機
この記事を読んでいる人の中には「アイデンティティがない…」「自分らしさが見つからない」「本当の自分って何?」という人が一定数いると思います。これを「アイデンティティの危機」「アイデンティティクライシス」と呼びますが、それはあなたが悪いのではなく、いまの世界が「アイデンティティが無い」ことを問題にしているのです。
「アイデンティティは手に入れるべき」「アイデンティティは大人になる前に確立して当然」だとこれまではされてきましたが、手に入れるために必要な社会の条件はどんどん失われてきています。たくさんの人とコミュニケーションをとったり、エリクソンが想定する時代の学校とは大きく変わってきていたり、所属が少なかったり、理由をあげ始めればきりがありません。
アイデンティティが確立しにくくなっているので、多くの人は「アイデンティティが確立できない…」と悩みます。一方アイデンティティが確立できないのは、大人になり切れていないからとか未熟だからということになり「克服するべき問題」になっています。
そこで自分にアイデンティティの欠落を感じ落ち込んだり、就活や入試で「あなたらしさはなんですか?」と問われアイデンティティを示さないといけなくなった人たちが、自ら進んでアイデンティティを探求することを今日の日本では「自分探し」というのです。就職活動の「自己分析」はまさに、アイデンティティが確立しづらい時代を生きているからこそ求められているのです。「スピリチュアル」「占い」「自己啓発本/セミナー」などアイデンティティの確率の手助けをするビジネスが流行るのも、まさにこういう背景があるからです。
ちなみにエリクソン以降研究がすすめられ、いまではアイデンティティは人生の中で何度もクライシスし確立するものになっています。学校を卒業し就職するとき、結婚するとき、子どもができたとき、定年退職したとき、孫ができたときなどなど。発達過程で自然に身につかなければ異常なものではなく、生涯にわたってその都度、人為的・選択的に達成していくものにアイデンティティはなっているのです。
アイデンティティQ&A
そんなことはありません。一定数の人が所属する集団をまとめるため、集団の自信を取り戻すための「集団らしさ」を○○アイデンティティと表現する用語が多数あります。よく使われるのは以下の3つです。
- ナショナル・アイデンティティ:国民意識、国民としての自己認識
- コーポレート・アイデンティティ:企業理念やビジョンを明確に示す、イメージの統一を図るためのもの
- ローカル・アイデンティティ:地域住民がもつ地域への愛着や誇り
アイデンティティをそのまま「民族」と訳すのは間違いです。ただ民族集団(エスニック・グループ)への帰属意識や民族集団での仲間意識を指す概念として「エスニック・アイデンティティ」という言葉はあります。エスニック・アイデンティティを取り扱う際は、歴史的な背景、地域性、政治的状況などを複合的に考慮することが重要です。
変わります。たとえば都会と地方ではアイデンティティの確立のされ方は大きく異なります。地方では住んでいる地域や居住年数、所属や地域活動への参加などがアイデンティティの確立に大きく関わります。一方、都会は人々はいちいちお互いの生活や経験など個人的な情報は共有しない傾向にあります。よって都会に住む人は相互に「外見」で社会的地位や身分を判断し、それをうまく利用します。よって都会は「外見」がアイデンティティに大きく関わります。近代以降、世界では都市がどんどん増えているので、そういった意味では「外見」がアイデンティティに与える影響はますます高まっているといえるかもしれません。
アイデンティティを理解するためにおすすめの本
この記事を読んでアイデンティティについてもっと知りたいと思った方、大学の課題でアイデンティティについてのレポートを書かないといけない方などにおすすめの本を3冊選びました。どれも難しめですがアイデンティティをより深く理解するためにぜひ読んでみてください!
また、こちらの記事ではアイデンティティについてさらに学ぶためにおすすめの本を9冊紹介しています。ぜひこちらの記事もご覧ください。
【あわせて読みたい】「アイデンティティ」について学びたい人におすすめの本9選
アイデンティティといえば、本書!アイデンティティ概念をつくり普及させたエリック・エリクソンの古典的名著です。
本書は1968年に出版され、最初の邦訳が1969年に刊行されました。以後、世界中で読み継がれ、アイデンティティの概念は心理学の世界を超えて、私たちの人間理解に深く、大きな影響を与えてきました。その影響が今日でも大きいことは、他社からも近年、エリクソンの本の新訳が刊行されていることからもわかります。
しかしこうした状況においては、エリクソンの概念が普及するにつれてあまりに単純化され、本来のエリクソンの思考の複雑さ、深さが失われてしまっている部分も残念ながらあります。しかし原典を読むと、エリクソンが古びるどころか、今日の私たちにとっても本質的な問いを提示しており、正に人間探求の古典の一冊であることがよくわかります。
2017年発刊のこの新訳は、原著に忠実にゼロから訳し直し、かつ読みやすい日本語になっています。初めてエリクソンを読む人にも、改めて読み直したい人にも、まず手にとっていただきたい、エリクソンの思想の神髄に触れる1冊です。
監修はフェミニズム研究や家族研究、女性学研究で知られる上野千鶴子さん。本書は「アイデンティティ強迫」にとりつかれた、近代社会および近代社会学理論へのレクイエムを意図して書かれたといいます。
タイトルの通り、従来のアイデンティティ理論から脱し新たなアイデンティティ理論の確立を標榜する本書は、アイデンティティの強いられた同一性から逃れたいと考える人々によってこそ担われています。執筆者は伊野真一、浅野智彦、三浦展、斎藤環、平田由美、鄭暎惠、小森陽一、千田有紀など現代日本を代表する論者ばかり。
「人はアイデンティティなしでは生きられないのか?」「一貫性のある自己とは誰にとって必要なのか?」アイデンティティにまつわる本質的な問いに鋭く切り込む1冊です。
イギリスを代表する社会学者 アンソニー・ギデンズの名著。2021年に待望の文庫版が登場!ギデンズによれば、後期近代と呼ばれる今日の社会では、常に新たな情報に開かれ、継続的変化が前提となるため、自己は新たな可能性とこれまでは経験してこなかったような苦難をかかえるという。独自の理論的枠組みを作り上げた近代的自己論であり、アイデンティティの苦難を解く古典です。
まとめ-アイデンティティの本質を理解すると価値観が変わる-
アイデンティティ、難しい考え方ですが理解できたでしょうか?この記事を通して一貫して伝えたかったのは「アイデンティティは絶対的なものではない」「アイデンティティを確立するためには他人が必要」ということです。自分一人で悩んでもアイデンティティは確立できないですし、1度確立できたからといって永遠に変わらないものでもないのです。そのことがわかると「自分」に対する考え方や価値観が少し変わると思います。
ぜひこれを機会にアイデンティティについてもっと学んでみてください。KAYAKURAではアイデンティティ以外にも役立つ&社会のみえかたが変わる社会学用語の解説記事を掲載しています。興味ある方はぜひ読んでみてください。
参考図書-記事を書くために参考にした本-
- 自己と他者の社会学:井上俊, 船津衛
- 現代社会学辞典:見田宗介, 大澤真幸, 吉見俊哉, 鷲田清一
- 「使える」教育心理学:服部環, 安斎順子、荷方邦夫
- 社会学 第5版:アンソニー・ギデンズ
- 社会学(新版):長谷川公一, 浜日出夫, 藤村正之, 町村敬志
- 自己啓発の時代:牧野智和
- 社会学をつかむ:西澤晃彦, 渋谷望