地方自治体によるワーケーション推進の批判的考察-社会学者Z. バウマンとJ. アーリから、ワーケーションの課題とよりよい在り方を探る-

地域おこし協力隊

近年、「リゾート地や観光地など普段とは違う場所で働きながら休暇をとる」新しい働き方(休暇の過ごし方)として「ワーケーション」が注目されている。都市部の質の高い人材に関係人口・移住者になってもらうこと、観光産業としてお金を落としてもらうことなどが推進する自治体や国の目的である。

筆者はここ1年程長野県の複数自治体でワーケーション事業に携わる「ワーケーションを推進する」立場にいる。しかし現代社会におけるワーケーション推進がかかえる根本的な課題に気づかず―もしくは気付いているが目を背けている―関係者が多いと日々感じる。ワーケーションは「移動の機会」「職種」などに基づく格差という後期近代に起こる課題のレールの上を盲目的に走っている側面がある。

地方自治体が公的資金を投入してワーケーションを推進すること自体に筆者は異論はない。しかし今後さらにその規模を拡大しよりよいものにしていくのであれば、気付かぬうちに乗っている課題のレールを認識し乗り越える努力はするべきである。それができなければ、ワーケーションは一時のブームとして冷ややかな目を向けられ、近い将来過去の出来事になるかもしれない。

ワーケーション推進を考えるうえでヒントになる2人の社会学者

はじめに本記事でカギを握る2人の社会学者を紹介したい。1人はポーランド出身の社会学者Z. バウマン、2人目はイギリスの社会学者J. アーリである。

ジグムント・バウマン

ポーランド系ユダヤ人の出自を持つ社会学者Z. バウマンは、2017年に91歳で死去するまで精力的に近代社会の批判的考察を行った。

バウマンの名が日本でも知られることになったのは2000年に刊行した『リキッド・モダニティ』以降である(それ以前にも名著は多数あるが)。リキッド・モダンとはグローバリゼーションによって移動性が増し社会内部の構成員の多様性や異質性が高まる後期近代社会を表す概念である。

ワーケーションの大前提となる「柔軟な働き方と移動の実現」はリキッドモダン以前のソリッドモダンでは難しいものであった。バウマンは『グローバリゼーション』という著作の中で「移動の自由」がリキッド・モダンにおける強者と弱者を分ける基準となり新たな階層/格差を生むと主張した。この論点はJ. アーリにも大きな影響を与えている。

ジョン・アーリ

J. アーリは観光の社会学や移動の社会学によって、社会学の新たな領域を切り開いたイギリスの社会学者である。

M. フーコーの「まなざし」概念を用いて近代の観光現象に迫った「観光のまなざし」は観光学における名著であり、観光を社会科学の研究対象に押し上げた。

アーリによる観光の研究も移動の研究も、社会科学における空間論的転回の流れに沿ったものである。アーリによればこれまでの社会科学では移動(モビリティ)が軽視されていた。しかし今日の社会を語るうえで「空間」「移動」を抜きに社会諸関係を語ることはできない。ワーケーションも「空間」と「移動」を伴うものであることから、アーリの分析視角が有効である。

ブルーカラーとホワイトカラーの分断-ワーケーションの恩恵を受けるのは誰か-

ワーケーションは通常の勤務地や自宅とは異なる場所でテレワーク等を活用して仕事をすることを指す。ワーケーションはそのスタート地点から「通常働く場所とは異なる場所でも働ける人」しかできない。「社員研修など働き方に関係なくワーケーションする場合もある」という反論もあるが、このケースではその実施回数や自由度に大きな制限がかかることは否めない。

通常の勤務地を離れコワーキングスペースやWi-Fiがあれば仕事ができる人

県全体でワーケーションを推進する長野県の事業「信州リゾートテレワーク」のWebサイトには、トップに以下のような文章が掲載されている。

「長野県には、ドロップインで気軽に利用できるコワーキングスペースから、Wi-Fiやワークスペースなど快適な仕事環境を備えた旅館・ホテルまで、ビジネスパーソンの多様なニーズに応える環境が整っています。」

この文章から、ここで長野県がワーケーション実践者として想定されているのは「コワーキングスペース」や「Wi-Fi」があれば仕事ができる人々、つまりホワイトカラーである。

ワーケーションは原理上、基本的には「通常の勤務地を離れコワーキングスペースやWi-Fiがあれば仕事ができる人」のみが対象となる。このことは都市から高度IT人材などを獲得したい地方自治体の思惑と重なる。また就職先の斡旋などをしなくてもいいという意味でも地方自治体が推進したいのは理解できる。しかし裏を返せば「地元住民やブルーカラーは基本的にワーケーションできない」ことも意味する。

地方自治体で暮らす多くの人はワーケーションできない/対象になりえない

平原の研究によると、日本では東京都心部を中心に札幌や仙台、名古屋、大阪や神戸といった大都市部にホワイトカラーが集中している。地方自治体における職業就業者構成比をみても長野県の場合、ワーケーションが可能なホワイトカラーは約15%にとどまり85%の人は「通常の勤務地を離れコワーキングスペースやWi-Fiがあれば仕事ができる人」にはあてはまらない。

このことから地方自治体で暮らす多くの人はワーケーションの対象になりえないといえる。彼らは自分たちが納める税金で都市の一部ホワイトカラー—地方におけるブルーカラーよりも年収も高い傾向にある, 相対的にみるとお金持ち—が、快適に仕事ができるようもてなす環境がワーケーション推進の名のもとに整備されているようにみえるだろう。「自分たちの経済状況は上がらず社会インフラの整備も進まないのに」と。

ワーケーション実践者はワーケーションできない人の労働で支えられている

都市部在住者の間でもホワイトカラーとブルーカラーの分断はある。東京都などの大都市部であっても、ワーケーションが可能なホワイトカラーはサービス業従事者や第一次産業第二次産業従事者の合計よりも少ない。

コロナ禍に明らかになったように社会のインフラを支えているのはブルーカラーである。「テレワークで働き方も柔軟に!」と浮かれるホワイトカラーの姿をブルーカラーはどうみるだろうか。「PCさえあれば全国どこでもワーケーションできる!」とアピールするホワイトカラーの姿はブルーカラーの目にどう映るだろうか。

アーリがバウマンの議論を参照しつつ提唱した「モバイルな生活」がもたらす階層化作用は、移動可能なホワイトカラーのライフスタイルが生み出す労働需要と、それを満たすべく低賃金・単純労働に従事する人々の労働供給の関係の中で構築されていく。ワーケーションが可能な一部の人々の生活や仕事は、身体性を伴う非モバイル的で非熟練・低賃金労働によって支えられているという事実は見逃されている。

モビリティ ヒエラルキーの底辺にいる「土地に縛り付けられた人々」

バウマンは『グローバリゼーション』の中で、移動する自由を自分で決められるかどうかが、リキッド・モダンの時代における「強者と弱者」の階層化や分断を招くと主張している。

移動の自由がない社会的弱者

ここまではホワイトカラーとブルーカラーの違いによって「移動の自由」の格差があることを明らかにした。都市在住者の中にも職種による移動の自由格差はあり、地方と都市を比べるとその格差はさらに広がることになる。しかしこの「移動の自由」は職種以外の要因によっても規定されることとなる。

例えば小さな子どもがいる人や親の介護をしている人、身体を自分1人で自由に動かすことが困難な人、移動するためのお金がない人など社会的弱者と呼ばれる人々の多くは移動の自由を享受することが難しい。

職種に限らず地方地域住民の移動の自由は限られている

地域による格差もある。バウマンは著書の中で簡単に製造拠点を移転できるグローバル企業や大企業と比較して、地方地域の下請け企業や地域密着型企業は簡単にその地域を離れることができないと指摘している。これは企業に限らずそこで働く従業員や焦点を営む人も同じである。また地方では農業に従事する人や地域内で重要な役職に就く人は、簡単にその地域から移動することはできないだろう。

ワーケーションを受け入れる多くの地方自治体で暮らす人々は、先ほどみたように職種として移動しづらいだけでなく、大都市との関係性やその生活の在り方によって移動の自由が著しく制限されている。

バウマンの言葉を借りれば「土地に縛り付けられた人々」はモビリティというヒエラルキーの底辺に位置しており、彼らはワーケーションの実践者とは対極に位置する。そんなワーケーションと対極に位置する人々がワーケーション実践者を受け入れる際の心理的な複雑さは想像に難くない。

ワーケーション推進がかかえる3つの課題を乗り越えるための提言

本記事ではワーケーション推進のターゲットとなる実践者の多くは「大都市在住で通常の勤務地を離れコワーキングスペースやWi-Fiがあれば仕事ができる人」であることをみてきた。

これらの人々はワーケーションを受け入れる地方自治体の多くの成員とは対極に位置するワークスタイル・ライフスタイルを実践しており、両者の間にはあらたな分断が生まれていると考えられる。

最初にも触れたように筆者は地方自治体が公的資金を投入してワーケーションを推進すること自体に異論はない。しかし今後さらにワーケーションの規模を拡大していくのであれば、本記事でみてきたような分断や格差を超えていく必要がある。

具体的には①地域住民はワーケーションによってどんな恩恵を受けられるのか ②地方自治体は公的資金でワーケーションを推進することを正当化できるのか ③ワーケーション実践者と地域住民の距離は遠いままでいいのか などの課題を検討していく必要がある。

① ワーケーションによって地域住民が受けられる恩恵を明確にすべき

①に関してはワーケーションを通して都市圏の企業とのつながりが生まれることで将来的に移住者が増えたり企業を誘致したりできることで税収が増える可能性があるとの説明は一応成り立つ。

しかし予測不可能かつ中長期的なメリットを示してもすぐには理解してもらえない可能性は高いため、ワーケーション推進のために整備した場所や仕組みを普段は地域住民に開かれたものにすることが重要である。

② 地方自治体はみえる形でワーケーションの恩恵を示すべき

②に関しては例えば空き家となった建物を自治体が買い取りリノベーションしてワーケーションの拠点兼地域住民も使える公的施設とすることで、空き家減や仕事の創出につながっていると説明できるかもしれない。

ワーケーションを実施した際に積極的に地域のお店に足を運ぶよう促し、直接お金を落とすことで商業の活性化につながることを示すこともできるだろう。クーポン券を発行するのもありである、これは③ともつながる。

筆者が一つ引っかかっているのは、近年のワーケーションブームで「立派で快適でおしゃれな拠点をつくる競争」が起こりつつあることである。将来的な継続の見通しが立ちづらく不確定要素の高いワーケーションのために、新たに0から高額の投資をして新たな施設を建てることは、SDGsに照らし合わせても多くの場合 持続可能であるとは言えない。

この場合、多くの地域住民にとっては不必要で使いづらいものになる傾向もある。人口減少による税収減少で厳しい財政状況の自治体は多い。持続可能なワーケーションを実現するためにも、施設主義からは脱却すべきである。今あるリソースを最大限に活かすことが望ましい。

③ 地域住民が「ワーケーション」「実践者」を知る機会をつくるべき

③に関しては、政治学者の井上が『共生の作法』で提案した「共生のための会話」の実践が鍵を握る。この場合の「会話」とは「コミュニケーション」と対置した概念であり、利害・趣味・人生観などを共有しなくてもできる目的の無いやり取りのことである。それは異なる人々が異のまま共に場を共有できるようなやり取りでもある。

具体的にはワーケーションの過程で誘致する地方自治体側が意図的に地域住民と時間を共にする場を意図的にセッティングし、会話の機会をつくることが挙げられる。なおこれは全実践者に強制するようなものではなく、地域住民との交流を希望する人を主な対象とする。

普段から地域住民が多く集まる定食屋でランチを食べる、地域住民が集まる温泉に足を運ぶ、宿の周辺住民を招いてBBQをするなどが機会の創出にあたる。ワーケーション実践者と地域住民がいきなり会話を始めるのは難しいため、行政職員や主催者が仲介しキッカケをつくることが望ましい。

「会話」の機会をコツコツと積み重ねることで、地域住民にとってワーケーション実践者は「他者」から「顔の見えるワーケーション実践者」になる。それは地域住民が得体のしれない「ワーケーション」と「実践者」を知る機会となり、情報不足による偏見を減らすことにつながる。

「両者を交えさせない市民的無関心によって余計なコンフリクトを防ぐことができる」という意見もあるかもしれないが、もしもその自治体が中長期的に持続可能な形で本気でワーケーションを推進しようと思うのであれば、地域住民との接点を意図的に回避し続けることはプラスにはならないだろう。

(なおこの場合の会話はワーケーション実践者の人柄や地域住民の人柄を深く知ることを志向するものではない。「ワーケーション実践者」という集団と地域住民が形式的に良好な関係を取り結ぶものである。相互理解は不可能であるため、形式的に良好な関係/印象を地域内で広めることに意味がある。)

最後に-持続可能なワーケーション推進を行うために-

以上、2人の社会学者Z. バウマンとJ. アーリの理論を用いながら地方自治体によるワーケーション推進を批判的に考察してきた。この批判的考察は「せっかくワーケーションをやるなら、よりよいものにしよう」という未来へのポジティブな提案であり、ワーケーションは階層差や格差に基づくから今すぐやめたほうがいいというものではない。本記事がワーケーションを推進する地方自治体や民間事業者の参考になれば幸いである。

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この記事を書いた人

Masato ito

国際大学GLOCOM研究員/講師。1996年、長野県出身。博士(社会学)。一橋大学大学院社会学研究科、日本学術振興会特別研究員を経て2024年より現職。専門は地域社会学・地域政策学。研究分野は、地方移住・移住定住政策研究、地方農山村のまちづくり研究、観光交流や関係人口など人の移動と地域に関する研究。多数の地域連携/地域活性化事業の立ち上げに携わり、2事業が長野県地域発元気づくり大賞を受賞。日本テレビDaydayやAbema Prime News、毎日新聞をはじめ、メディアにも多数出演・掲載。