「ポピュリズム」は、昨今、流行りの政治学用語です。簡単にいえば「政治変革を目指す勢力が、既存の権力やエリートを批判し人民に訴えてその主張の実現を目指す運動」です。
近年、欧米諸国での選挙結果分析から、このポピュリズムが農村部で加速しているのではないかという主張が出てきています。研究者はこの現象を「Right-Wing Rural Populism(右派農村ポピュリズム)」と名付け、その調査分析を続けています。
右派農村ポピュリズムは、欧米に限らず日本の地方部での選挙でも観測されるようになってきていると私は感じています。そこでこの記事では、Right-Wing Rural Populism:右派農村ポピュリズムとは何かについて解説していきます。
ポピュリズムの定義
はじめにRight-Wing Rural Populismの「Populism(ポピュリズム)」についてみていきます。
『ポピュリズムーデモクラシーの共と敵』を著したカス・ミュデ、クリストバル・ロビラ・カルトワッセルはポピュリズムを以下のように定義しています。
社会が究極的に「汚れなき人民」対「腐敗したエリート」という敵対する同質的な陣営に分かれると考え、政治とは人民の一般意思(ヴォロンテ・ジェネラール)の表現であるべきだと論じる、中心の薄弱なイデオロギー。
カス・ミュデ, クリストバル・ロビラ・カルトワッセル, 2018, 『ポピュリズムーデモクラシーの友と敵』永井大輔, 高山裕二[訳], 白水社.
ミュデとカルトワッセルは、ポピュリズムは必ずといってよいほど他のイデオロギーの要素と結びついており、ポピュリズム自体は、現代社会の生み出すさまざまな政治問題に対して、複雑な解決策も包括的な解決策も示すことはできないと断言します。
ミュデとカルトワッセルの定義は少しわかりづらいので、水島治郎の定義もみてみましょう。水島はポピュリズムの定義を「固定的な支持基盤を超え、幅広く国民に直接訴える政治スタイル」と「人民の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動」の二つに分けます。
そして著書『ポピュリズムとは何か』の中では後者の考え方で以下のように定義します。
すなわちポピュリズムとは、政治変革を目指す勢力が、既成の権力構造やエリート層(および社会の支配的な価値観)を批判し、「人民」に訴えてその主張の実現を目指す運動とされる。
水島治郎, 2016, 『ポピュリズムとは何か』中公新書
Rural=農村とは何か
つづいてRight-Wing Rural Populismの「Rural(農村)」についてみていきます。農村研究の第一人者であるマイケル・ウッズによれば、Ruralは以下のような特徴をもって用いられます。
「rural」は、農村地域出身の人々を指す名詞としてもしばらく用いられ、学術的な著作における名詞として、最近になって再び使用されるようになった。「rural」は、農村であることの特徴が存在する抽象的な空間を指すが、必ずしも特定の領域とは結びつかない。
マイケル・ウッズ, 2018, 『ルーラル:農村とは何か』高柳長直, 中川秀一[監訳]農林統計出版.
すなわちRuralとは、農村であることの特徴=農村性や農村らしさがある空間を指す概念だとわかります。しかしそれは「○○地域は農村である」と客観的に断言できるような固定的なものではなく、都市や他地域との相対性、時代によって異なる社会的に構築される「農村らしさ」の中で用いられる概念です。
Right-Wing Rural Populism(右派農村ポピュリズム)とは何か
RuralとPopulismの意味を確認したところで、本題の「Right-Wing Rural Populism」についてみていきます。以下ではこの言葉を日本語に訳して「右派農村ポピュリズム」と呼びます。
右派農村ポピュリズムは、近年、欧米の農村社会学や政治学の分野で注目度が高まっている概念です。
概念が表れてきた背景には、各種選挙結果を分析すると農村部でポピュリズム政党やポピュリズム候補者が票を伸ばしていることが観測されるようになってきたことがあります。
右派農村ポピュリズムは右派ポピュリストの言説の典型的な特徴を表しており、それは複数の要因で煽られています。
右派ポピュリズムの定義は難しいですが、些か強引に特徴を表すのならば「誰かがあなたやあなたの家族の命・生活を脅かしているよ」という物語を定番の手法として使うポピュリズムです。では一体、右派農村ポピュリズムにおいては、何が命や生活を脅かしていると訴えるのでしょうか。
右派農村ポピュリズムの背景にある物語?社会的課題?は何か
一つ目の右派農村ポピュリズムの特徴は、グローバル化した新自由主義資本主義経済が危機に瀕しており、それによって農村地域が疲弊しているという主張です。異なる表現をすれば、都市中心的な現在の経済や社会の仕組みによって、あなたたちの命や生命が脅かされていると主張します。
例えば具体的な主張として、農業の変化が挙げられます。与党や自治体の政策を担う首長は、グローバル経済で勝つために大規模農業と成長ばかりを重視し、零細農家には目もくれないというものです。この主張が多くの農家の心を掴むことはよくわかります。
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二つ目の右派農村ポピュリズムの特徴は、グローバル化や人々のモビリティが高まったことで地域の伝統やアイデンティティが脅威の状態にあるという主張です。
具体的には「移住者や移民などのよそ者が増えたことで、古くからこの地域で暮らす地元住民が蔑ろにされている」「新しいものにばかり予算が付けられて、歴史や伝統文化が蔑ろにされている」といったものです。これも疎外を感じる農村住民からするととても共感性の高い主張です。
三つ目の右派農村ポピュリズムの特徴は、支持する地域の多くが経済的にも人口的にもインフラ的にもよくない状況にあるという主張です。人口減少により経済が衰退し税収も減少、その結果インフラの整備が進まない、撤退の連続、このような状況に陥っている農村は多くあります。
このような農村に対して、右派農村ポピュリズムは「あなたたちは、私たちに投票することでよりよい展望と平等な生活環境を約束します」と主張します。身をもって地域の衰退を感じている住民たちは、こちらに投票するでしょう。
四つ目の右派農村ポピュリズムの特徴は、これは農村ポピュリズムに限りませんが知性を否定する傾向にある点です。
最後に五つ目の右派農村ポピュリズムの特徴は、これも農村ポピュリズムに限りませんが多文化社会、多文化共生を否定する傾向にあります。
このように右派農村ポピュリズムの特徴をみていくと、支持する住民たちが共感する物語には「移住者/移民」「大規模農家」「海外の農家」「地域の多文化化を進める人」「既存の行政」「都市」などの敵がいることがわかります。
衰退する農村部で暮らす人々にとって、先が見えない苦しい生活を誰かのせいにしたくなるのはもっともなことです。右派農村ポピュリズムは、うまくその感情を吸収して主張に変え共感を集めることで票を伸ばしていくのです。
しかし右派農村ポピュリズムにあるのは排斥主義、差別、知性の否定などであり、それらを進めたところで地域がよりよくなるとは思えないものばかりです。右派農村ポピュリズムを推し進める人物や党に投票した人も、必ずしもこうした意識を持っているとは限りません。しかし巧みな選挙戦術とパフォーマンスによって引き寄せられていくのです。
ただ、右派ポピュリズム政党を支持する市民を批判すればよいわけではありません。選挙の際の選択としてどこに入れるかは横においても、農村で暮らす人々が右派農村ポピュリズムの物語に共感することは事実であり、その背景には物語を事実たらしめるような課題感、疎外感、苦しさがあるということです。
農村がかかえる課題と住民のネガティブな感情は否定されるべきものではなく、受け入れたうえでどうすれば右派農村ポピュリズムに流れることなく地域をよりよい方向に進められるかを考えることこそが重要なのです。
最後に-日本でも観測される右派農村ポピュリズム-
右派農村ポピュリズムは、近年の地方における選挙結果を分析するひとつの枠組みとして可能性を秘めた重要な概念です。これまで中長期的に市町村のかじ取りをしてきた現職と、現職批判を軸に感情に訴える選挙戦略をとる候補者との争いで、現職が負ける光景を見聞きすることが皆さんもあるのではないでしょうか。
選挙結果はとても複雑なものであり、右派農村ポピュリズムという曖昧な概念で全てを説明できるわけはありません。しかし、もしも右派農村ポピュリズムらしきものが表出しているとしたら、それは社会や経済の歪みが農村部に負荷をかけている可能性があります。
以下に参考資料を掲載していますので、興味関心ある方は右派農村ポピュリズム・ポピュリズムに関する文献をぜひ読んでみてください(右派農村ポピュリズムに関する論文は、現状、英語のものしかありません。)。
カス・ミュデ, クリストバル・ロビラ・カルトワッセル, 2018, 『ポピュリズムーデモクラシーの友と敵』永井大輔, 高山裕二[訳], 白水社.
マイケル・ウッズ, 2018, 『ルーラル:農村とは何か』高柳長直, 中川秀一[監訳], 農林統計出版.
水島治郎, 2016, 『ポピュリズムとは何か』中公新書.