なぜオンラインイベントの謝金と参加費は安いのか

コロナ禍、急速に普及したオンラインイベント。東京で行われるイベントに地方在住者が参加できたり、顔出ししなくても参加できたりと各種イベントへの参加ハードルを一段低くした。

多くの人が参加者としてオンラインイベントを楽しんでいるなか、ひそかに浮上しつつある問題がある。それは「オンラインイベントの謝金安いorない問題」「参加費安くなる問題」である。

筆者はコロナ禍に月2以上のペースでオンラインイベントに講師もしくはゲストという形式で参加している。みんな大変な中で声をかけていただくのはとてもありがたいが、実はこれまで謝礼をまともにもらったことがない。まともにというのは、オフラインのイベントであればもらえるであろう金額よりも安いもしくは謝礼なしという意味である。

この問題は作家の海猫沢めろん氏をはじめ講師やゲストとして人前に出る機会が多い人々から聞かれる。

では、どうしてオンラインイベントだと謝金や参加費は安くなるのか?謝金や参加費が安くなることの功罪としてどのようなものがあるのか?今後、オンラインイベントを実施する際に謝金や参加費はどう取り扱えばいいのか?

現状を批判的に分析しよりよいオンラインイベントの在り方を検討していく。

オンラインとオフラインでどのくらい経費に差が出るのか

はじめにオンラインとオフラインでは、一体どの程度経費に差が出るのかを簡略化した講座のモデルから検討する。2時間の講座を東京都内で実施するとする。講師は長野県から呼ぶ。会場としてコワーキングスペースを使用、1時間15,000円の使用料を想定する。講師への謝金は5万円+交通費。これら経費をオンラインとオフラインで比較したのが次の表である。

オフラインオンライン
会場費(講座2時間+前後準備片付け1時間ずつ)60,0000
謝金50,00050,000 ※1
交通費(長野県から新宿駅まで特急あずさで往復)13,0000
その他雑費(1ドリンク、ネームプレート他)5,0000
合計128,00050,000

なんとオンラインとオフラインで2倍以上の差が出ることがこの表から分かる。会場費を切り詰めれば安くなるが、交通費が浮いた時点でオンラインよりもオフラインのほうが高くなることは本来確定なのである。こう考えると、オンラインイベントは主催者にとっていかに「お金がかからない形式」であるかがわかる。

オフラインでは来られない人もオンラインでは来られる-キャパ制限もない-

もう1つオンラインとオフラインには大きな違いがある。それはターゲットの規模である。東京都内でイベントを行う場合、遠くて電車で片道1時間半の範囲に住む人のみがターゲットとなる。しかしオンラインの場合は国外にいても参加することができる。つまり、イベント内容が魅力的であればオフラインよりも集客が楽なのだ。

オンラインイベントの場合はキャパ制限が無いに等しい。オフラインでは4時間60,000円かかるイベントスペースに最大80人しか入らないが、オンラインであれば100人でも200人でも集めることは可能である。

つまりオンラインイベントは主催者にとって「とてもリスクの低いイベント運営形態」なのである。もしも人が想定より集まらなくてもかかるのは謝金だけで場所代はかからない。逆に人が集まりすぎた場合には会場の心配をすることなく収益だけ増える。

なぜ多くの個人・企業がオンラインイベントを行うかわかっていただけただろうか?つまりオンラインイベントは同じものをオフラインで行うよりも「儲かる」のである。「だったら何も問題ないじゃん」という声が聞こえてきそうなので、ここからはオンラインイベントがかかえる問題について検討していく。

オンラインイベントの謝金安いor無い問題

筆者の体験上、オンラインイベントの謝金はオフラインで行われる同様のモノよりも安くなる傾向がある。これにはいくつか理由がある。第一に現在はコロナ禍で人々の協力心が高まっており「お金よりも今はできることを頑張ろう」という気持ちが高まっていること。第二に交通費や会場費がかからないこと。第三に身体性を伴わないことである。

第一の理由は特に個人と個人で行われるオンラインイベントで生じやすい。企業の場合は経費として捻出される可能性が高いが、個人の場合はできる限り持ち出しは抑えたいものである。そこでコロナ禍という社会的危機を理由に「ボランタリーな精神でできたらと思うので協力してもらえませんか?(無償で)」となるのである。

これは有名無名あまり関係ないように思われる。著名な人同士が、本来はお互いに10万円以上かかるクラスの人たちがコロナ禍ということでLIVE配信イベントを行っている姿は多くの人がみかけるだろう。

第二の理由は最も納得感がある。交通費がかからないからその分支払いも安くなるという理由である。例でいえば50,000円+13,000円のうち13,000円がなくなって50,000円だけ支払うというケースだ。筆者はこのパターンであれば「本来はもらえた分が減るけど、それはしょうがない」と割り切ることができる。

問題は第三の理由「身体性」である。私たちはこれまで身体を拘束することに対して謝金を払うことが当たり前だった。しかしオンラインの場合、主催者や参加者の目の前に講師の身体はない。この「身体がない」ことが「謝金は安くてもいい」につながるケースを筆者は最も問題だと思っている。

身体性を伴わない=安くするという主催者の考えは、多くの人が理解できるものであると筆者は感じている。例えばサザンの無観客ライブの料金は3600円と、昨年のアリーナ公演のチケット代9500円の4割程度に抑えられていた。「生」で身体性を伴って観ることと、「画面越し」に観ることでは価値が違うと多くの人は思っているはずである。

身体性の価値について

ここで1つ考えてみたい。果たして「生で身体性を伴って観ること」と「画面越しに観ること」の価値に差はあるのだろうか?体験には、身体性の有無という大きな価値の差はある。しかしサザンもオンラインイベントの講師も、オフライン同様に準備をしてきて同じ時間同じ内容を参加者に見せているという点では、価値に差はないのではないか。

コンテンツの価値に差はない。身体性の差だけでサザンのLIVEは6割も安くなっているのである。果たして身体性には6割も価値はあるのだろうか?逆にいうとコンテンツの価値は本来の参加費の4割程度なのだろうか?

むろん無観客だから安く済んでいることはたくさんある。表でも見たようにオンラインの場合はオフラインの半額以下に経費は抑えられており、これは規模が大きくなればなるほど抑えられると予想できる。

しかしここには大きな落とし穴がある。それはオンラインによって1度謝金や参加費が安くなったイベントはオフラインで通常レベルに戻しにくいという問題である。なぜならオフラインもオンラインもコンテンツの中身は変わらないからである。

サザンのLIVEなら身体性の価値は高く人々は元の値段でも参加するかもしれない。しかし2時間のオンラインでもオフラインでも学べる内容にほぼ差がない講座の参加費がオフラインで倍以上になったら、人々は本当に参加するだろうか。1度下げた謝金はもとの水準に戻るだろうか?

提案-安易に謝金・参加費を安くすると負のスパイラルに陥る-

以上の内容をふまえて筆者はオンラインイベントの謝礼と参加費について以下のような提案をしたい。

  1. オフラインで講師費+交通費を支払っていた場合、オンラインイベントでは純粋に交通費のみを引いた講師費を支払うべき(なぜならコンテンツの質と参加者が学べる内容の質に差はないいから)
  2. オンラインでの参加費は身体性が重要なものに関しては安くしてもいいが、身体性が内容と密接に関わらない場合は安易に下げないほうがいい (オフラインに戻った時に人々が高く感じる&オンラインイベント全体の参加費が安くなってしまう)

2のカッコ内は多くの人が見落としていることである。安易に参加費や講師費を下げると、その後も安いままになり従来の値段に戻すことが難しくなる可能性が高い。高いものを安くすることは簡単だが、1度安くしたものを高くすることはとても難しい。オンラインイベントの参加費・謝礼下落の不のスパイラルに突入することがないように、主催者は気を付ける必要がある。

今後、主催者もゲスト/講師も、参加者も3者Win-winな、健全なオンラインイベントが増えることを切に願う。「コロナによる非常事態だから」はいつまでも使えない。

-ラジオ版KAYAKURA-

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この記事を書いた人

Masato ito

1996年長野県生まれ。大学在学中に自身が代表を務める事業が長野県地域発元気づくり大賞を受賞。現在は一橋大学社会学研究科にて国内移住に関する研究を行いながら、KAYAKURA代表として長野県を主なフィールドに観光インバウンド・移住・まちづくりのコーディネート・プランニング・調査・PRを多数手がける。2019年からは都内の企業と地方の企業や自治体をつなぐ新たな取り組みも開始。訪日観光客向け観光情報発信サイトNAGANO TRIP運営。池田町第六次総合計画審議委員。週刊SPAや公益社団法人 日本観光振興協会発行『観光とまちづくり』など寄稿多数。2019年4月から東京都国立市と長野県池田町の2拠点居住実践中.