ダークツーリズムとは広義に「人類の悲しみの記憶を巡る旅」と定義される観光形態です。人類の歴史や出来事とかかわる場所を訪れるその行為は、新たな観光の在り方として2000年代以降注目されています。
しかし言葉の意味がわかりにくいため、多くの誤解を生みやすい観光形態でもあります。それは見られる側への冒涜ではないか、観光で来るとは何事だという批判は常に一定数存在するのです。それでもダークツーリズムには大きな意義があります。それは「過去に学ぶ」ということ。
- ダークツーリズムの定義
- ダークツーリズムの目的と方法
- 日本と世界の有名なダークツーリズムスポット
- ダークツーリズムのメリットデメリット
- ダークツーリズムの論点/難点
などをこの記事では取り上げていきます。ダークツーリズムの複雑さとおもしろさを読んで感じていただけたら幸いです。また記事内では関連する図書も適宜紹介してきます。ぜひ買って読んでダークツーリズムへの学びを深めてみてください。
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ダークツーリズムとは?定義と学術的歴史
ダークツーリズム(Dark Tourism)はForeyとLennonが1996年に提唱した新しいツーリズム概念です。2人は「ダークツーリズムは本物および商品化された死と災害の遺跡の紹介と消費を含む現象のために採用された用語」とダークツーリズムを定義。その後、現在までいくつかの定義が提唱されています。近年ではその定義は広くなってきており井出は2018年に「人類の悲しみの記憶を巡る旅」と定義しています。
ダークツーリズムは広義のものと狭義のものがあると考えることでスッキリします。広義の意味では人類の歴史や出来事とかかわるものすべてがその対象になる可能性をもちます。しかし狭義の意味では「近代社会の矛盾の中に生きる我々が、その矛盾を捉えなおすための身体的な方法論」であるとForeyとLennonは捉えています。
示す対象と学者によって、ダークツーリズムの定義には大きな揺れがあります。これはダークツーリズムが観光学の中でまだ市民権を得ているとは必ずしも言えない理由の1つでもあります。
なんのためのダークツーリズムか
ダークツーリズムの目的はそもそもなんでしょうか?山田はダークツーリズムの社会的な目的と個人的な目的を以下のようにとらえています。
社会的な目的:「ダークツーリズムを通じて改めて犠牲者を追悼するとともに、過去の傷ましい歴史や負の遺産から学び、これらの記憶を風化させることなく、二度と同じことを繰り返さないという反省や教訓にすること」
個人的な目的:「個人的な好奇心、知的欲求を満たすこと」
上記の目的を達成するためのダークツーリズムの実践的な/方法的な特徴は「まずはじめに自らが興味関心をもち自分で情報や知識を獲得する。続いて現地に行って体験学習をする」というプロセスにあるといえるでしょう。ダークツーリズムは学習観光であり、体験観光でもあるです。
ダークツーリズムの日本における事例
日本におけるダークツーリズムスポットとして知られる事例をピックアップしました。その対象をダークツーリズムスポットとして解釈するか、認めるかなどは受けて次第な部分があるため、皆さんの中には「ここは違うんじゃない?」「あの場所が最も有名でしょ!」という意見もあるかと思います。行った先での解釈もさることながら、そもそもどこをダークツーリズムスポットだと思うか、それもまた受け手に委ねられるのです。
- 原爆ドーム
- 伊江村
- 網走監獄
- 八甲田山
- 三陸海岸北部
- 福島
- 足尾銅山
- 連合赤軍山岳ベース
- 御巣鷹の尾根
- 成田空港
- 第五福竜丸展示館
- 三宅島
- 陸軍伊賀砲台園地
- 豊後森機関庫
- 長崎平和公園
- 旧海軍司令部塔
ダークツーリズムの世界における事例
こちらは世界のダークツーリズム事例です。
- アウシュビッツ強制収容所
- ホアロー収容所
- リバプール
- キリングフィールド
- クネイトラ
- ホロモドール博物館
- 旧731部隊本部跡
- チェルノブイリ
- ムランビ虐殺記念館
- ポートアーサー流刑場跡
ダークツーリズムがもたらすメリット
ダークツーリズムのメリットとしては、以下のようなものが挙げられます。角度を変えるとメリットもデメリットになりえますが、多くの地域で実践されているのには訳があることが伝わればと思います。
- 教科書では分からない訪れたからこそ感じられることがある
- 戦争や人的災害の恐ろしさを知ると同時に未来で同じ過ちを犯さないための学びとなる
- 戦争、テロ、社会的差別、政治的弾圧、公害など日常的に触れることのない画面の向こうの事象に近づくことができる
- ダークツーリズムの対象となる場所を維持するお金を賄える=持続可能な観光へ
- ときに差別の対象となるものにじかに触れることで差別意識や偏見が低くなる
ダークツーリズムがもたらすデメリット
ダークツーリズムにはデメリット・批判も多くあります。代表的なモノは以下の通り
- 不謹慎
- 当事者の痛みやツラさを考えていない/忘れている
- 死者の冒涜
- ある事象に対して現在の視点から誤った解釈や特定の思想を押し付けてしまう可能性がある
- 安直な至極当然の抽象的なメッセージしか訪れた人が感じない
- ダークツーリズムと名付けることで場所の印象を悪くする
- 商業主義的
- 心霊スポットや戦跡などすべてが一緒に思えるわかりにくい言葉
ダークツーリズムの難点-正しい情報を提示することはできるのか-
ダークツーリズムをコンテンツとして提供する側に求められるのはコンテンツをできる限り脚色しない状態で観光客に提示することです。極端にある部分に光をあてたり、ある情報を意図的に隠したりということは避けられるべきで、受け取り手に価値判断や正しさの判定は委ねることが重要です。
しかしそもそも歴史は時の権力者やマジョリティによって自己の正当性を示すために構築されるものであるため、完全なる”正しい”情報を提示することは不可能です(なぜなら提示者は権力が介在した部分と介在していない事実と考えられる過去の出来事をきれいに分割することはできないから)。ここにダークツーリズムの難しさがあります。
原爆ドームをテーマとした展示を例に考えてみましょう。同じ「原爆ドーム」がテーマでも、どのアクターが展示を行うのか、どんな意図をもって展示を行うのか、どの程度収益を上げたいのか、メインターゲットをどこに定めるのか、で展示の内容は変わるでしょう。
コンテンツ化の逃れられない権力性から逃れるためには、文化人類学者のクリフォード・ギアツが厚い記述といったようなことが重要です。より多角的に少しでも多くの資料や証言をもとに対象を表象することで、視点に囚われることから逃れられるかもしれません。
原爆ドームの例でいえば、当時生きていた人の語り、当時の日本政府の資料、アメリカ政府の資料、原爆投下後のマスコミの資料、原爆2世3世の語り、いまの広島市民の語りなどを集めできる限り手を加えずに、受け手に差し出す。ダークツーリズムはセンシティブなテーマになることが多いため、実現のためにはこういった取組/積み重ねが欠かせません。
ダークツーリズムと他のニューツーリズムの関係性
ダークツーリズムはニューツーリズムの1つとして取り上げられることが多くあります。他のニューツーリズムとダークツーリズムは密接に絡んでいるため、在り方を考える際には複合的にみえることが大切です。例えば復興ツーリズムやボランティアツーリズムはダークツーリズムと関係してきます。
ボランティアツーリズムとは理論的提唱者ウェアリングによると「ツーリストであって、様々な理由から、その休暇を、何らかの仕方でボランティア活動のために、すなわち、何らかの形で困窮状態にある人々の援助や支援、種々な環境の維持・復旧、もしくは社会的環境の諸側面についての改善・調査・研究などの活動に従事するために、過ごすことをする者たち」のことを指します。
東日本大震災以降、復興ツーリズムの一環として多くのボランティアツーリズムが被災地において実践されました。しかし時間が経つにつれてボランティアの数は減っていきました。そこでまずは現地のことを知るという目的でダークツーリズムが実践されました。ダークツーリズム参加者は将来的にボランティアツーリズム参加者としてリピーターになってくれる可能性があります。一方でボランティアとしてではなくただのツーリストとして被災地を訪れる人々や実施者には非難の声もありました。
ボランティアツーリズムとダークツーリズムでは目的が異なります。複数のツーリズムを組み合わせて展開することで、多様な人々が被災地との接点をもつ機会をつくれます。またツーリズムの形態によってはボランティアツーリズムがダークツーリズムを包含することもできます。
ダークツーリズムに関するおすすめ本を紹介
ダークツーリズムをさらに深く知りたい人のためのおすすめの本を紹介します。1冊目は観光学者で金沢大学国際基幹教育院准教授の井出明さんの著書。新書サイズでダークツーリズムの概観がわかりやすく学べます。2冊目は思想家の東浩紀さんらが発行したチェルノブイリダークツーリズムガイド。東さんは福島第一原発のダークツーリズム化を目指した活動で、日本にダークツーリズムを広めた1人です。
3冊目は世界のダークツーリズムスポット36か所をまとめた本。写真と共に具体的なダークツーリズムスポットについて知りたい方におすすめです。
まとめ-ダークツーリズムとは学びと体験の旅-
ダークツーリズムと一言で括っても、その対象は見る者によって異なる解釈が生まれます。観光とはもともとそういうものですがダークツーリズムは歴史認識や正義が強く絡むため、論争の的になることが少なくありません。元ハーバード大学歴史学部教授のアンドルー・ゴードン氏が興味深い事例を挙げています。
多くの日本人は明治日本の産業遺産が世界遺産として登録された際にネガティブな印象はあまりいだかなかったと思います。しかしこのとき、韓国からは申請にあたって戦時中の徴用労働制度を理由に待ったがかかりました。最終的には日本側は「強制労働はあった」と認めるかたちになり、韓国側もそれで妥協して、申請が認められました。しかしゴードン氏の調べでは産業革命遺産が登録された際、日本のメディアではほとんど「強制労働があった」という記述はなかったといいます。
このようにある側からみるとダークツーリズム的に見えても、違う側からは全くダークツーリズム的に見えないということはあります。ある種の「明るさ」と「暗さ」が混ざるのが歴史のおもしろさであり、ダークツーリズムのおもしろさです。ダークツーリズムという名前に惑わされずに、多面的に対象をまなざすことで多くの学びと発見があると思います。ぜひ実際に足を運んでみてください。
- 参考文献
- Foley, Malcom and John Lennon, 1996, 「JFK and dark tourism: A Fascination with Assassination」International Journal of Heritage Studies.
- Lennon, John, and Malcom Foley , 2000, 「Dark Tourism: The Attraction of Death and Disaster」Continuum Publishing.
- Wearing,S.2002, 「Recentering the Self in Volunteer Tourism」『The Tourist as a Metaphor of the Social World』Wallingford.
- 岡本亮輔, 2016, 「やっかいな「ダークツーリズム」 ~言葉のひとり歩きが“遺産の価値”を曖昧にする」現代ビジネスWebサイト.
- 風来堂, 2017, 『ダークツーリズム入門 日本と世界の「負の遺産」を巡礼する旅』.
- 山田啓一, 2018,「ダークツーリズム考(1)」ビジネス科学学会第7号.
- 山田啓一, 2019, 「ダークツーリズム考(2)~コンテクストのねじれと潜伏キリシタン関連遺産~」流通科学研究.
- The Asahi Shinbun GLOBE+, 2019, 「歴史は一つの色で語れない 米研究者、日本のダークツーリズムを語る」.