2019年は児童虐待に関するニュースが多くピックアップされた1年だった。学校でのアンケートで虐待を受けていることを伝えていながら防げなかった千葉県野田市の小4女児が死亡した事件。東京都目黒区で船戸結愛ちゃん(当時5)が虐待死した事件の裁判が行われたのも昨年のことだった。
マスコミによる注目の有無にかかわらず虐待・DVは常に私たちの身のまわりで起きている。虐待・DVに対する意識改革や法制度の整備は一過性のものであってはならず、官民が協働で対応しなければならない問題だ。
本連載は虐待・DVに対して一般の興味関心が高まっている今こそ、改めて虐待・DVの基本的知識を学び理解を深めることを目的としている。同時にいまこの瞬間に虐待やDVで苦しんでいる人に届き解決への糸口になれば幸いである。
インタビューに応じてくださったのは、小山市を中心に活躍するサバイバルネット・ライフ代表の仲村久代さん。虐待・DV被害者の支援活動とシェルター運営に1995年から携わり国内の第一線で法制度の改革と支援に長年取り組んできたこの道のプロである。
連載第2回の本記事では、DV(ドメスティックバイオレンス)の実態を改めて掘り下げるとともに、DV・虐待被害者を保護する保護施設・シェルターの役割と機能について仲村さんに説明していただいた。→連載初回はこちら
本インタビューは2020年1月16日に一橋大学デジタルメディアの実践Ⅱ内で実施されたものである。
DVとは?身体的な暴力だけではない幅広いDVのカタチ
大切なのは本人が幸せだと感じられているか
――メディアを通して一般に伝えられるDVというと身体的な暴力が多いですが、被害者自身気がついていないけれど「実はこれもDV」という、一般にはDVだと思われづらいケースはありますか?
仲村:「俺が帰宅するまで化粧は落とすな」と夫に言われ続けてきた女性に出会ったことがあります。19時にお風呂に入りもう1度化粧をして22時に帰ってくる夫を待たなければならない。これは身体的ではありませんが精神的DVにあたります。
あるお金持ちの方の奥さんの事例で、自分は真っ白なTシャツとジーンズが好きで着たいけれども、夫の強要で高いワンピースや着たくない洋服ばかり着させられ続けてきた方がいました。夫と離れて好きなものが着られたとき、彼女はとても喜んでいましたね。
端からみたら高い服を着ていることは「とても幸せじゃん!」と思うかもしれません。しかし大切なのは本人がそれで幸せだと思っているかどうかです。本人の要望や希望が侵害されるということはDVにあたります。ただ彼女はそれをDVだと思ってはいませんでした。
一方通行で桁違いの期待は子どもを苦しくさせる
――子どもに対する「これもDV!?」というような事例はありますでしょうか?
仲村:学歴が高く給料も高い家庭の事例です。奥さんが、子どもが夫と同じ大学に進めるように「夫はスタンガンで勉強させているんだ、うちは厳しくて…」と言っていました。これは「厳しさ」じゃなくて「虐待」ですよね?私は彼女に「虐待じゃない?」と言い続けていましたが、なかなか通じませんでした。
彼女は「夫は子どもに強い期待を持っていて子どもも期待にこたえたいからお互い分かったうえでスタンガンを使っている」といっていました。しかし子どもは大学に入学してすぐに何もやる気が起きなくなり、結局大学に行けなくなってしまいました。そこまできて初めて「あ、もしかしていけないことしていたのかも…」と気付いたのです。
親の期待が実は虐待ということはあります。一方通行で桁違いの期待は子どもを苦しくさせるだけですよね。
DVの加害者と被害者の共通点は「カタチにこだわる」こと
――学歴や職歴の高い低いは虐待やDVとは関係ないということですね。
仲村:DVはとても権威主義的です。被害者と加害者の共通点は「カタチにこだわる」こと。あるとき、30代~40代まで付き合っていた彼からのDVで無数のケガをしている学校の先生をしている女性と出会いました。「なんで別れないの?」と聞くと彼女は「彼が長男じゃないから」と答えました。
「なんで長男じゃないことが別れない理由になるの?」と聞くと、彼女は自分の両親は2人とも短大の教員で長男からひどい暴力を受けていたこと、そして親だけでなく長男の姑からも暴力を受けていたことを教えてくれました。彼女は新品の下着を買ったことが無く、下着は全て姑の使い古しでした。だから彼女は、長男は絶対嫌でいま付き合っているDVしてくる人は次男だから大丈夫というのです。
そのあたりが乖離していますよね。カタチにこだわるあまり現実を正確に把握できていないことが多いのです。
面前DVとは?-DVは夫婦だけの問題ではなく子どもにも影響を与える–
——DVは家族の秘密で外に現れてこないことも多いですよね。外の人が知らないように子どもにもバレていないと思っているお母さんやお父さんも多いはず…
仲村:面前DVの場合、DVを受けているお母さんは「子どもは知らない」と思っていることが多いです。でも子どもは100%分かっています。それはDVでも喧嘩でも分かると思います。ただ私は普通の喧嘩はしっかりしようっていいます。普通の喧嘩はお互いの力が拮抗している状態のことです。
DVだったら「じゃあ、あんたがそういうならお小遣い減らすよ」なんて言えません。力が拮抗している喧嘩は子どもも見ていますが、一言いったらものが飛んできたり暴力が始まるような状態は子どもも普通の喧嘩じゃないことは分かります、空気とか雰囲気で。
子どもはそんなときピエロになります。なんとかお互いの関係を解きほぐそうとおどけてみたりおかしなことをしてみたり。でもそれはすでに虐待ですよね。ロストワンといって、その場にいないような振る舞いをする子どももいます。DVは夫婦だけの問題じゃなくて、そこにいる子どもにも影響を与え長く暗い影を落とすことになります。
子どもの見ている前で夫婦間で暴力を振るうこと
虐待・DVを受けた人を加害者から守る施設・シェルターの多様性
シェルター・施設の役割と意図をみんなが共有することが大切
仲村:被害者の安全を守るために、勤めに出られなかったり外部との接触に制限があったりすることに対する被害者側の理解の少なさが、多くのシェルターで起こっている問題につながっています。シェルターの役割と行動の目的をしっかりと被害者に伝えていないから「閉じ込められて自由がない」ということになってしまうのです。
私たち民間はできる限り本人のやりたいことができるように、シェルター内で勉強ができたり仕事ができたりする仕組みをつくってきました。そこでよく聞くのは、行政の一時保護施設が嫌で出てきたという声です。
2019年の秋に通達があり、行政のシェルターではタバコを吸ってはいけないとなりましたが、これはおかしいことですよね? 職員は堂々と喫煙場所でタバコを吸っていますし、何かに依存してきてしまった人たちに喫煙を禁じるというのは「入るな」といっていることと同じです。相手に寄り添えていないし権利を尊重していない。
残さずにご飯を食べろというところもあります。これも本人を尊重していないある種の拷問ですよね。
被害者の「選択する権利」を奪ってはならない
仲村:行政の保護施設は、実は歴史的に売春防止法でできた施設なのです。以前は何か犯罪を起こした人が入り更生する施設でしたが、いま入っている人の多くはDV被害者で逃げてきた人です。しかし時代が変りニーズも変わり提供すべきものも変わっているにもかかわらず、職員の意識や仕組みが変わっていない。
行政のシェルターの場合は携帯電話も含めすべてを没収します。民間も守るという意味で行動の制約はあります。しかし私たちは危険は伴うけれども自分の人生を自分で選べなければ意味がないだろと考えています。私たちは今まで使っていたのとは異なる新しい携帯電話を彼女たちに提供し仕事探しなどに使ってもらいます。保護施設に入ったら外部と完全に連絡が取れないのは、やっぱりおかしいですよね。
——自分で選択ができなければ権利を侵害していることに変わりはないわけですよね。
仲村:自分で未来を切り開く力を削いでしまう面もあります。シェルターを出た後に住む家だって自分で選びたいわけですよね、コンロがどこにあるかとかどんな間取りなのかとか。「私が決めた」という意識は次へのスタートになり責任をもって考えながら進むことにもなる。誰かが決めるのはよくないと私は思います。
勇気を出して相談してきた被害者に無力感を感じさせてはいけない
――シェルターや保護施設があってもアクセスできない人もいます。存在を知らない、逃げたら何をされるか分からない恐怖心、家族と離れることのつらさなどさまざまな理由が背後にはありますよね。
仲村:被害者の多くは行政の窓口に行ってから私たちのもとにきます。相談に行った先で「電話できないですよ」「学校行けないですよ」「仕事できませんよ」「職探しもできないですよ」「毎日同じ時間に起きて寝ますよ」「外と連絡は取れませんよ」と告げられたとき、もうダメだと思う人も多くいます。
そこで私たちは「学校に行くときに離れた家族に連れ去られる可能性もありますよね。だからここで1,2か月このシェルターで辛抱して新しい生活をつくる準備ができるまではここで勉強しよう」「一緒にハローワーク行くから仕事探しも頑張りましょう」と声を掛けます。
できないなかでもできることを提案し提供すると民間の場合はほとんどの被害者は施設入所に同意します。民間はできないなかでも寄り添ってできることを提案します。
民間の場合はステップハウスという中間支援施設があります。仕事が見つかるまで私たちとつながりながら社会に出ていく、これが女性の人権に特化してきた私達だからできることです。
不安なのは全部切られたときに「私はダメだ、全部ダメなんだ」とさらなる無力感を感じることなんです。だから不安をできる限り取り除いてあげなければなりません。
親からの虐待やさまざまな暴力などにより行き場を失った女性たちが安心・安全に暮らし、ひとり立ちできるように支援する居場所。
虐待・DVの被害者は保護施設・シェルターにいる時間を通じて驚くほど変わる
――虐待・DVを受けた人たちは保護施設に来て一定期間過ごすことで、どのような変化がありますか?
仲村:子どもたちは元気になって笑顔が出てわがままになります。「やっと、わがままになってきた!」ってスタッフはみんな喜びます。いい子じゃなくなることがいいことです。
お母さんは自分の身体的な不調に気がつくようになります。皆さん「自由ってこういうことなんですね」ともいわれます。夜中の2時まで化粧して待っていなくてもいい、夫の昼休みに欠かさず「おつかれさまです」の電話をしなくてもいい、当たり前にやっていたことを1ヶ月もすると忘れましたとみなさんいいますね。
自分の好きな洋服が着られる、好きなテレビが見られる、ご飯を食べたくないときは食べなくてもいいというように、自分がしたいことを優先してできることが幸せだといいます。ただ心の中に出てきたことに対する負い目を感じている人もいます。そういうとき私は「いま、どのくらいもとの場所に戻りたい?」と聞きます。
出てきたばかりのときは「80%戻りたい、でも帰ったらどうなるかと思うと0%になります」といいます。彼女たちの心の揺れに寄り添うのが私たちの役目です。「帰りたいなんて言ったらダメ」というのではなく「帰りたいよね、土日なんてみんな家族で歩いてるもんね」って。
そうやって付き合いながら彼女たちが出ていくときに同じ質問をすると「いまは全然帰りたいと思わない。だけど土日はたまに20%ぐらい帰りたい」ってこたえたりします。それも正直だなって。数値化して聞くと本人も比較できますし、私たちも変化を捉えることができます。私たちも嬉しいのは「自由が嬉しい」と彼女たちが感じ言うときです。
虐待・DVで困っている方は各自治体や都道府県の窓口、警察、仲村さんが代表を務めるサバイバルネット・ライフに連絡を
虐待やDVで困っている方、まわりに虐待やDVで困っている方は以下のような連絡先や相談先があります。まずは言葉にして相談することが大切です。とりとめもないことでもいいのでまずは連絡をしてみてください。解決に大きく近づくはずです。
・警察