石破内閣総理大臣の所信表明演説から考える、これからの地方創生

大分県メディアツアー

2024年10月5日、石破内閣総理大臣(以下、石破総理)による所信表明演説が行われた。その評価をめぐっては様々な声があるが、ここでは所信表明演説をもとに石破総理の地方創生をめぐる認識と、課題や行方を考えてみたい。

政治演説と所信表明演説

民主主義国家においては、政治リーダーは言葉をつかって市民に自らの政治的信条や政策、政権の正統性を説き、支持を得なければならない。そのため、政治演説は、代表性デモクラシーの支柱であるアカウンタビリティ(国民に対する説明責任)と深く結びついている(ソジエ内田,2018)。

数ある政治演説の中で、所信表明演説は特に重要な演説の一つである。所信表明演説とは、臨時国会や特別国会が召集されたときや、新しく総理大臣が選出された際に、総理大臣が国会でみずからの政治姿勢や重点課題を明らかにする演説である。

予め留意しておくべき点として、所信表明演説は総理大臣の思いや成し遂げたいことをそのまま反映したものでは決してない。党内党外の状況を鑑みて、例えば自民党内の様々な意見(派閥の声)や野党の声、各省庁の声を踏まえてつくらなければならない。また既存の自民党の政策や各種計画とも折り合いのつく内容であることも要請される。

所信表明演説には、その総理大臣の個性と同時にその時代、その瞬間の政治をめぐる主たるイシューや論点がわかりやすくまとまっているとも言えるだろう。

こうした点を踏まえて、早速、石破総理の所信表明演説と地方創生についてみていきたい。

若者と女性に選ばれる地方・地域分散型社会の実現へ

少子化とその結果生じる人口減少は、国の根幹にかかわる課題、いわば「静かな有事」です。・・・少子化をめぐる状況は地域によって異なります。婚姻率が低い県は、人口減少率も高いことは厳然たる事実です。若年世代の人口移動を見ると、この十年間で全国三十三の道県で男性より女性の方が多く転出する状況となっています。若者・女性に選ばれる地方、多様性のある地域分散型社会を作っていかねばなりません。それぞれの地域において、地方創生と表裏一体のものとして若者に選ばれる地域社会の構築に向け、全力で取り組んでまいります。

前半、はじめに地方創生への言及が合ったのは少子化対策・人口減少対策の文脈である。婚姻率と人口減少率の関連性、若年世代の人口移動における女性の転出の多さに言及した上で、若者と女性に選ばれる地方を目指すこと、地域分散型社会を目指す方針が示された。

「地方創生と表裏一体」として「若者に選ばれる地域社会の構築」が示されているが、これは表裏一体というよりも地方創生の一環なのではないかとい?は浮かんだが、いずれにしても、若者と女性の地方移住促進や地方定住促進がこれまで通り進んでいくことがうかがえる。

物価上昇を上回って、賃金が上昇し、設備投資が積極的に行われるといった成長と分配の好循環が確実に回り出すまでの間、足下で物価高に苦しむ方々への支援が必要です。・・・当面の対応として、・・・新たな地方創生施策の展開、中堅・中小企業の賃上げ環境整備、成長力に資する国内投資促進など「日本経済・地方経済の成長」。

前半部分でもう一つ地方創生への言及があったのが、物価に負けない賃上げに関する文脈である。そこでは、物価高への当面の対応として、新たな地方創生施策の展開、その先の地方経済の成長が示された。地方創生は。物価高への対応にもつながるという認識であるようだ。

地方創生2.0について

演説の後半、「地方を守る」と題したパートで地方創生をめぐる演説が展開される。

演説の総文字数約9,700文字に対して、地方創生は約1,230文字、およそ12-13%が割かれた。これは外交・安全保障につぐ割合であり、石破総理の地方創生のへの思いが強いこと、国政においても地方創生が重要な政策テーマであることが読み取れる。

地方創生の原点に立ち返り、地方を守り抜きます。十年前に私は初代地方創生担当大臣を拝命し、文化庁の京都移転、それまでの補助金とは一線を画する地方創生推進交付金の創設をはじめ、一生懸命取り組みました。以来、交付金などを活用し、住民の方々が気持ちを一つにして地方創生の取組に頑張っていらっしゃる姿を全国各地にたくさん見てまいりました。そして、その姿に勇気づけられてまいりました。

まずは自身と地方創生について。初代地方創生担当大臣を務めたことが石破総理にとって大きなアイデンティティであること、文化庁の京都移転や地方創生交付金の設置が大きな功績と認識していることが読み取れる。

またここでは後の具体的な施策の布石として、地方創生交付金が地方創生の取組に大きく貢献しているという認識を示している。

竹下総理はかつて、「地域が自主性と責任を持って、おのおのの知恵と情熱を生かし、小さな村も大きな町もこぞって、地域づくりをみずから考え、みずから実践していく」と述べられました。「産官学金労言」、すなわち、産業界、行政機関、大学だけでなく中学校・高等学校も含めた教育機関、金融機関、労働者の皆様、報道機関の皆様。こうした地域の多様なステークホルダーが知恵を出し合い、地域の可能性を最大限に引き出し、都市に住む人も地方に住む人も、すべての人に安心と安全を保障し、希望と幸せを実感する社会。それが地方創生の精神です。今一度、地方に雇用と所得、そして、都市に安心と安全を生み出します。

つづいて、地方創生の前の創生である「ふるさと創生」を行った竹下総理の言葉が引用される。あえて、「地域の自主性」「地域の責任」に関する発言を引用したところに、過去に「競争しろというのか、そ の通り。そうすると格差がつくではないか、当たり前だ」「努 力した自治体としないところを一緒にすれば「国全体が潰れる」と語った石破総理の地方創生への態度が表れている1。

産官学金労言という言葉も印象的だ。表現を変えれば、第一期地方創生の振り返り時に反省として示されたパートナーシップによる課題解決不足が今でも続いており、ここを乗り越えなければ地方創生は実現しないと考えていることが伺える。

最後の一文、「地方に雇用と所得、そして、都市に安心と安全を生み出します。」は不思議な内容である。「じゃあ都市は雇用と所得は問題ではないのか」「地方は安心と安全が十分だというのか」と突っ込まれそうな雑な二項対立は何のために入れたのだろうか。

「地方こそ成長の主役」です。地方創生をめぐる、これまでの成果と反省を活かし、地方創生2.0として再起動させます。

「地方創生2.0」は、私も以前に別の記事で使った言い回しだが、これまでの過去10年を地方創生1.0と位置付け、それとは異なる展開を地方創生にもたらす気概が感じられる。

またあえて、「地方こそ成長の主役」と言い切った部分については、各種調査から地方創生交付金の多くが東京圏に流れているのではないか、本当の意味で地方に還元されていない、中央集権的かつ大都市圏の企業が地方創生によってうまい思いをしているのではないかという批判への応答とも考えられるが、そこまで深い意味は無いように思う。

「中央集権的かつ大都市圏の企業が地方創生によってうまい思いをしているのではないか」、ここにメスを入れることができなければ、ここを変えていくことができなければ地方創生2.0は1.0の延長線上に終わるだろう。

全国各地の取組を一層強力に支援するため、地方創生の交付金を当初予算ベースで倍増することを目指します。 

少子高齢化や人口減少に対応するため、デジタル田園都市国家構想実現会議を発展させ、「新しい地方経済・生活環境創生本部」を創設し、今後十年間集中的に取り組む基本構想を策定します。ブロックチェーンなどの新技術やインバウンドの大きな流れなどの効果的な活用も視野に入れ、国民の生活を守りながら、地方創生を実現してまいります。

地方の成長の根幹である農林水産業は、農山漁村の雇用と所得を生み出すとともに、国家の安全保障の一環でもあることから、その持てる力を最大限引き出してまいります。新たな基本法の下、最初の五年間に計画的かつ集中した施策を講じることにより、食料安全保障の確保、環境と調和のとれた食料システムの確立、農林水産業の持続的な発展、中山間地域を始めとする農山漁村の振興を図ります。国内の生産基盤の維持の観点も踏まえ、農林水産物の輸出をより一層促進します。持続可能な食品産業への転換を促進し、循環型林業など強い林業づくりや、海洋環境の変化を踏まえた操業形態や養殖業への転換、海業の全国展開など漁業・水産業の活性化に取り組みます。

観光産業の高付加価値化を推進するとともに、文化芸術立国に向けた地域の文化、芸術への支援強化にも取り組みます。地域交通は地方創生の基盤です。全国で「交通空白」の解消に向け、移動の足の確保を強力に進めます。

地方創生の言及部分の後半は、具体的な施策に関する説明に割かれた。やはり最も注目すべきは、「地方創生の交付金を当初予算ベースで倍増することを目指す」という点だろう。

既存の地方創生のスキームのままでは、本来手段であるはずの地方創生交付金の獲得が地方自治体の目的となり、中央集権的なルールメイキングの下での自治体間競争が激化、「勝ち組」自治体と「負け組」自治体の二分化が加速する可能性が高い。どこまで石破総理が考えているか、現在の地方創生交付金の運用に課題意識を抱いているかは不明だが、 財政面での地方分権とセットで地方創生交付金が運用されていく方向が望ましい。

農林水産業に関する部分は、党首選での公約でも多くの候補者が掲げた内容と大きくは変わらない。

観光産業の高付加価値化の推進、文化芸術立国に向けた地域と芸術文化への支援、交通空白の解消に向けた移動の足の確保は、石破総理が独自性を出した部分だろう。普段、モビリティを研究する自分としては、交通空白の解消に向けた移動の足の確保策としてどのような政策が打ち出されるのかが気になるとこだ。

地方創生に終わりはありません。「地域づくりは人づくり」。人材育成こそ全てです。私が先頭に立って、国・地方・国民が一丸となって地方創生に永続的に取り組む機運を高めてまいります。

地方創生パートの締めの部分では、地方創生は地域づくりであり、それは「人材育成」であると言い切っている。表現を変えれば、これは人の量よりも人の質を重視するという意味でもある。

1990年代以降、過疎地域では従来の「事業型支援」から、人を送り込む支援、つまり地域に対する「人的支援」が一定の成果を収めるようになってきた。

人的支援施策の歴史は割愛するが、1990年代以降、都市の若者との交流を通して、地域の人々が再び地域に目を向け、価値を再認識しながら地域づくりを進め、都市住民や若者という地域とは違う視点に立ったよそ者の見方やアイディアを活用していくという取り組みが行われるようになった。

2000年代に入ると、農山村において外部人材を導入し、地域のマネジメントを支えるような仕組みが必要という声とともに、補助金から補助人へというスローガンが生まれた。

こうした動きは現在の地域おこし協力隊制度などにも受け継がれている。

最後に

以上が、石破総理の所信表明演説における地方創生への言及箇所である。目新しい政策やハッとさせられる言葉は正直なところなかったが、「地方創生2.0」とは果たして何なのか。その方向性と具体策は今後示されていくことになるが、地方創生1.0の清算・振り返りを丁寧に行わない限りは地方創生2.0も成功しないだろう。

みなさんは、地方創生2.0に何を期待するでしょうか。ご意見や考えがある方は、ぜひコメント等で教えて下さい。

引用・参考文献

  1. Bloomberg(2015)「石破地方創生相:格差「当たり前だ」、地方自治体は競争を」.
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この記事を書いた人

Masato ito

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員/講師。長野県出身。博士(社会学)。一橋大学大学院社会学研究科、日本学術振興会特別研究員を経て2024年より現職。専門は地域社会学・地域政策学。研究分野は、地方移住・移住定住政策研究、地方農山村のまちづくり研究、観光交流や関係人口など人の移動と地域に関する研究。立命館大学衣笠総合研究機構客員研究員。武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所客員研究員。日本テレビDaydayやAbema Prime News、毎日新聞をはじめ、メディアにも多数出演・掲載。