有名人の自殺が起こると注目される「ウェルテル効果」。ウェルテル効果とは、マスメディアの自殺報道に影響されて、一般人の自殺が増える事象のことで社会学者のディビィッド・フィリップスがその存在を広めました。
日本でも過去に芸能人が自殺した際にウェルテル効果と思われる現象が発生しましたが、近年はウェルテル効果を防ぐためWHOの自殺要望ガイドラインに沿った報道が少しずつ増えてきています。しかし未だ十分とは言えません。
本記事ではウェルテル効果の概要・日本での事例・ウェルテル効果の特徴・ウェルテル効果を防ぐために広がるWHO自殺予防ガイドラインなどをわかりやすく解説していきます。
【あわせて読みたい記事紹介】有名人が自殺した際にメディアが「個人的事情」に何か理由があるのではないかと考え、プライバシーを侵害するような取材を行い問題なりますが、実は自殺は大なり小なり社会的な影響を受けています。
以下の記事ではデュルケームという社会学者の研究から、社会状況と自殺の関連やコロナと自殺の関連などを取り上げています。こちらもあわせてご覧ください。
ウェルテル効果とは何か
ウェルテル効果とはマスメディアの自殺報道に影響されて、自殺が増える事象です。知名度や人気の高い人―芸能人やスポーツ選手―が自殺すると連鎖的に自殺が増える現象は、連鎖自殺・誘発自殺・ドミノ自殺とも別名呼ばれます。
ディビィッド・フィリップスはニューヨークタイムズ紙の一面に掲載された自殺と、1947年~1967年の全米月間自殺統計を比較。報道の自殺率に対する影響を証明しました。ウェルテル効果は1984年にイラ・ワッサーマンが複数の追試を行った結果改めて正しいことが証明されました。その後、ディビィッド・フィリップスはテレビの自殺報道にも同様の効果があることを証明しました。
ウェルテル効果の特徴として挙げられるのは、ただ後追い自殺するのではなく自殺の方法自体を模倣するという点です。日本で過去に起こった岡田有希子やhideの自殺も似た方法を選ぶ傾向にあったことがわかっています。これは裏返すと、自殺の方法を詳細に報道することは模倣の後追い自殺につながる可能性があるため、具体的な方法や状況は報道しないことが重要です。
「メディアの報道が人々の行動にどのような影響を与えるか」については、こちらの記事で詳しく解説しています。主には選挙時にメディアが人々の影響に与える影響について、社会学の概念を用いて解説していますが選挙以外にも当てはまるためぜひ読んでみてください。
ウェルテル効果の語源はゲーテの著作『若きウェルテルの悩み』
ウェルテル効果とう名前は社会学者ディビィッド・フィリップスが、ゲーテの著作『若きウェルテルの悩み』に由来して命名しました。作品の中で主人公のウェルテルは最終的に自殺をしますが、このことに影響された若者たちがウェルテルと同じ方法で自殺したことに由来します。
日本におけるウェルテル効果の事例-藤村操・岡田有希子・hide-
日本でも過去にウェルテル効果とみられる事象は起きています。明治以降では1903年に無名の一高生藤村操が「人生は不可解である」という遺書を残して、華厳滝に飛び降り自殺したことが新聞で取り上げられ広まった結果、まねた自殺が増え社会問題になったことがありました。
現代では1986年に当時アイドル歌手だった岡田有希子が18歳でビルから飛び降り自殺した際に、30名ほどが後追い自殺をし「ユッコ・シンドローム」と呼ばれました。また1998年には人気ビジュアル系バンドX JAPANのギタリストhideが自宅で亡くなった際にファンの後追い自殺が急増しました。この際には警視庁の要請でX JAPANリーダーのYOSHIKIが記者会見をひらき、ファンに自殺を思いとどまるよう呼び掛けるほど社会問題となりました。
WHO・厚生労働省自殺予防ガイドライン
有名人の自殺後にウェルテル効果によって自殺者が増えることを予防する方法として、自殺報道のガイドライン/メディアの自殺予防手引きが有効であることがわかっています。1980年代にオーストリアの首都ウィーンで自殺が増えた際、精神保健の専門家が自殺報道の方法をガイドライン化し新聞各社が従ったことで自殺数が急減したことがあります。
日本でも厚生労働省がWHO自殺予防メディア関係者のための手引きを日本語で公開しています。ガイド欄にはメディア関係者が自殺関連報道する際に注意すべき点がまとめられており、誰でも情報発信ができるようになった現在は一般の情報発信者も気を付ける必要性が高まっています。
以下は関連する研究で明らかになった自殺報道時に「ぜひすべきこと」と「してはならないこと」です。メディアの報道をみていて「してはならないこと」をしている場合には、積極的に是正を求めるアクションを1人1人が起こすことが大切です。
自殺報道時にぜひすべきこと
- 事実を報道する際に、精神保健の専門家と緊密に連絡を取る。
- 自殺に関して「既遂」(completed)という言葉を用いる。「成功」(successful)という言葉は用いない。
- 自殺に関連した事実のみを扱う。一面には掲載しない。
- 自殺以外の他の解決法に焦点を当てる。
- 電話相談や他の地域の援助機関に関する情報を提供する。
- 自殺の危険因子や警戒兆候に関する情報を伝える。
自殺報道時にしてはならないこと
- 遺体や遺書の写真を掲載する。
- 自殺方法を詳しく報道する。
- 単純化した原因を報道する。
- 自殺を美化したりセンセーショナルに報道する。
- 宗教的・文化的な固定観念を当てはめる。
- 自殺を非難する。
まとめ-日本の報道機関は自殺要望ガイドラインを重要視すべき-
海外のメディアでは自殺予防ガイドラインに沿った報道がなされるようになってきていますが、日本では自殺予防ガイドラインに沿った報道が十分されているとは言えない状況です。ウェルテル効果は、人為的に引き起こされるものであると同時に人為的に防ぐことができる現象です。ウェルテル効果という効果があることを知ること、そして知ったうえで積極的に防ぐためのアクションをとっていくことが大切です。
参考資料
・高橋祥友(防衛医科大学校・教授), 自殺と防止対策の実態に関する研究研究協力報告書「WHOによる自殺予防の手引き」
・厚生労働省, WHO 自殺予防 メディア関係者のための手引き(2008年改訂版日本語版)