【書評】『地域が稼ぐ観光』地域資源がうまく活用できず観光で稼げなくてモヤモヤしているあなたへ

観光で来た人に地域の良さが伝わればいいな」だけでは、観光客を受け入れる地域が疲弊してしまう。たくさん稼がなくてもいいけど、持続的にまわっていく程度のお金は地域の観光で稼いだほうがいいじゃないか。大羽昭仁著『地域が稼ぐ観光』の主張はここにある。

著者は大手広告代理店に勤めながら、実践者となって地域が稼ぐ観光をいくつも行ってきた。広告代理店が得意とする企画×視点の置き方にプラスして実際に行動した人にしか分からない「地域の理不尽なモヤモヤ・壁」を乗り越える方法を分かりやすい言葉で解説している本書。

本書評では具体的な事例は横に置き、著者が一貫して主張する「地域が稼ぐ観光を行うために大切なこと」をまとめた。地域×観光でどう稼げばいいのか分からない人、観光で稼ぐということがそもそも分からない人にぜひ読んで欲しい一冊である。

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観光が稼ぐことに繋がらなければ、地域にとっては不幸そのもの

筆者は本書の序盤でこのように言い切っている。観光は消費の成熟化した国々において重要な成長産業になっており、地域の資源を生かせる貴重な産業なのに「稼ぐ」「儲ける」という意識が欠けている地域が多いことが問題の根源である。では、なぜ地域は稼ぐことができないのか。

理由は「観光戦略が地域が稼ぐこと」を意識せずに作られているからに他ならない。適正なお金が落ちる仕組みやマネタイズのモデルが考えられないまま、宣伝広告費にお金をかけたり新しい施設をつくったりツアーが組まれたりしていることが問題である。

「地域外の人に自分の地域を知ってもらえることが嬉しい」と、地域の人は口では言うかもしれない。しかし実際は旅行会社が安さを競って組んだ団体ツアーを受け入れるのに親戚総出で準備をしていたり、自治体職員が土日返上で無償ボランティアとして関わっていたりする。これではいずれ、誰も進んでやろうとしなくなるだろう。

自治体の観光課や観光協会はお金をかけて行うプロモーションの評価のモノサシを「媒体露出量」や「イベント参加人数」にしている。しかし、評価のモノサシを「いくら稼げたか」にしていない時点で稼ぐという感覚が薄いのである。

将来的に子どもたちが住みたくなるような地域をつくるため、そして子どもたちが地域の観光産業に携わりたくなるためには「地域が稼ぐ観光」の実現が不可欠なのである。

地域が稼ぐ観光の実現には観光体験コンテンツやプログラムが不可欠

筆者は自身が代表を務める団体で観光の͡コトづくりを通して地域が観光で稼げる仕組みをつくる取り組みを実践している。モノからコトへと消費者の関心が進化していることを背景に、物見遊山的な観光から体験型へと観光の在り方が変化していることがその理由。

同時に、OTAと呼ばれるネット上で消費者が観光コンテンツを選び買う時代において広告費をかけてメディアで露出することに投資するよりも、体験の中身を魅力的にするほうが重要であるとも筆者は主張している。大手広告代理店に数十年務めた筆者が「広告よりも中身」と言っているのである。

大切なのは観光コンテンツをたくさん用意するだけでなくそれらをまとめてプログラム化すること。地域にある様々な観光資源をターゲットと想定する生活者のモチベーションと掛け合わせて新たな価値を創造し、その価値にあった観光体験プログラムをつくることで地域にお金が落ちる仕組みが出来上がる。

これからの観光はさまざまな商品と同じように、生活者自身のライフスタイルを表現する場になるだろうと筆者は予想する。その際には、他地域と差別化でき自分の地域でないと成立しない観光体験プログラムが求められる。観光コンテンツの掛け算によって尖ったプログラムを生み出し「○○らしさ」を表現する、これが稼ぐために必要な戦略である。

プログラム化することのメリットは具体的に事業をまわしていく際にもある。3点プログラム化が大切な理由を筆者はあげているので押さえておこう。

  1. 事業収入と支出の仕組みが把握しやすくなり、稼ぐ観光として機能しているかはかりやすい
  2. 消費者がネットで気軽に申し込める単位になる
  3. ストーリー性が生み出しやすく、より人に伝えやすくなる

地域資源がどんなライフスタイルと相性がいいのか見極める

現代社会は多様なライフスタイルのコミュニティが混在している社会である。地域の観光資源が「どんなライフスタイルなら提供できるのか」を考えたうえで、新価値を決め価値を具現化した観光体験プログラムを策定することが重要になってくる。

ある地域が提供できるライフスタイルが明確だと、そのライフスタイルを実践しているもしくは興味関心がある人が観光にやってくる。ただの観光客と彼らの違いは、その地域が気に入れば同じライフスタイルの人たちが移住し、地域の同じライフスタイルの人たちの定住促進までつながっていく可能性があること。

数年前に交付金や補助金を利用して多くの自治体が移住促進PRに取り組んでいた時期があった(今でも一部では続いている)。地方の多くの市町村が「いなか暮らし」「自然が豊か」「なにもないがいい」など一遍通りのメッセージで訴求していたが、残念ながらこれでは差別化はできておらず観光客と移住者の増加には結びつかない。

ではどんな自治体が差別化できて観光客の増加→移住者の増加につながっているのか。それは「特定のコミュニティ内で認知されるライフスタイルを提示できている自治体」である。具体的には以下のような市町村が例としてあげられる。

  • 長野県松本市「クラフトの町」
  • 大分県豊後高田氏「昭和の町」
  • 島根県海士町「教育の島」
  • 長野県白馬村「インターナショナル×ウィンターアクティビティ」
  • 愛知県田原市「サーフィン」

ライフスタイルを意識しながら観光戦略を組み立てていくと、その先の移住・定住まで可能性が広がっていく。表現やスローガンで差別化するのではなく、地域資源をプログラム化してどんな価値が提供できるか、どんなライフスタイルが実践できる地域なのかといった差別化戦略が求められると筆者はいう。

まとめ-地域資源をうまく組み合わせたコトづくりで地域の未来をつくる-

本書のおすすめポイントとして、時代的背景を丁寧に踏まえたうえで「だから私たちは地域が稼ぐ観光を実践しなければならない」と主張している点があげられる。

ビジネスマインド一辺倒で「たくさん稼ごう!」と言っているのでは決してなく、これからくる時代を見据えたうえで「観光というツールをうまく活用することで、稼いだり人口が増やせたりするよね」と優しく提言しているのである。

おもてなし・ボランティア精神で地域を観光で元気にしようと取り組み人を厳しく否定する意図は本書にはない。ただ、せっかくやるのなら観光というツールをうまく使って金銭的に自分たちにもメリットがあるような仕組みをつくっていこうよというのが筆者の主張なのである。

私が観光先進地域である英国バースで観光事業に携わっていたとき、Visit Bath CEOでイギリスの地域観光業界でその名を広く知られるDavid James氏がいっていた言葉を本書を読みながら思い出した。その言葉でこの書評を閉じることとする。

「地域住民、観光事業者、観光客、三方良しの仕組みをつくらなければ持続可能な観光は達成できない。では持続可能な観光を実現するものは何か、それは補助金でも地域住民の善意でもなく観光による収入だ。」

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この記事を書いた人

Masato ito

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員/講師。長野県出身。博士(社会学)。一橋大学大学院社会学研究科、日本学術振興会特別研究員を経て2024年より現職。専門は地域社会学・地域政策学。研究分野は、地方移住・移住定住政策研究、地方農山村のまちづくり研究、観光交流や関係人口など人の移動と地域に関する研究。立命館大学衣笠総合研究機構客員研究員。武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所客員研究員。日本テレビDaydayやAbema Prime News、毎日新聞をはじめ、メディアにも多数出演・掲載。