町を歩いていると公園で楽しそうに話しているお年寄りを見かけることがあります。何を話しているのかわかりませんが毎日、同じ場所に来て長時間お話しています。
うちの祖母は認知症が進んでおり今日が何月何日なのか、いま話している人が誰なのかいまいちよくわかっていませんが、それでも毎日充実した日々を楽しく過ごしていると言います。
幸せそうに日々生きているお年寄りと比較して、生産年齢人口にあたる私たちは忙しそうに時間を削って生きています。「気がついたら1日が終わっていた」という感覚は幸せそうなお年寄りと同じかもしれませんが、そこに感謝はあるのでしょうか、生きていることを実感する瞬間はあるでしょうか。
合理性と物理的なものを追求する私たちの生き方を改めて振り返るとき、参考になる概念が「老年的超越」であり、幸せそうなお年寄りの皆さんにみられる特徴です。歳を重ねなければわからないことは多々ありますが、老年的超越を学ぶことを通して「幸せ」について考えてみましょう。
老年的超越とは?-定義と背景-
老年的超越(gerotranscendence)とは、高齢期に高まるとされる「物質主義的で合理的な世界観から、宇宙的、超越的、非合理的な世界観への変化」を指す社会学用語です。スウェーデンの社会学者ラルス・トルンスタムが1980年代に提唱しました。
この考え方の背景には近現代社会の物質的・合理的なものの追求からの解放があります。老年期における物理的・合理的なものからの解放の結果、自己中心性に基づく動機付けから利他性に基づく動機付けに移行、社会的な役割や表面的な人間関係からの解放、社会の一般常識からの解放などがみられるようになります。
トルンスタムは調査の結果明らかになった老年的超越の特徴としては具体的に以下のような事柄があげられます。
- 社会的な役割に重きをおかない
- 人とのつながりの少なさにこだわらない
- 外に向けた活動に重きをおかない
- 身体の健康に重きをおかない
トルンスタムの調査から、以下のような特徴をもっている人は老年的超越が高いことが分かっています。
- 活発で活動的
- 歳をとっている
- 専門的な職業についていた
- 比較的都市部に住んでいる
- 大きな病気になったことがある
これらの特徴を有する老年的超越は、人生の満足感や生きる意味の獲得など幸福感と関係していることも明らかになりました。
老年的超越の内容-宇宙的・自己意識・社会 3つの領域-
トルンスタムは老年的超越の内容について、宇宙的意識、自己意識、社会との関係という 3 つの領域に分けて、それぞれの要素を詳しく列挙しています。1つずつみていきましょう。
自己意識の領域-自己概念の変容-
自己意識の領域では、西洋的な自我の概念が変化していくことが指摘されています。自分の欲求を成し遂げていくという「自己中心的傾向」が弱まり、それに伴って自分へのこだわり、これまで培ってきた自分の人格や身体的な健康に対するこだわりが低下し、他者を重んじる利他性が高まります。具体的な特徴としては以下のようなものが挙げられます。
- 自分への興味関心が薄れる
- 身体機能や容姿を気にしなくなる
- 利他主義的な考え方に変化する
- 人生でよかったことも悪かったことも「必要だったよな」と思えるようになる
社会の領域-社会と個人の関係性が変わる-
社会との関係の変化では、過去にもっていた社会的な役割や地位に対するこだわりがなくなっていきます。対人関係についても広い関係が急激に狭くなっても、その中で深い関係を結ぶようになること、経済面・道徳面での社会一般的な価値感を重視しなくなることなどが老年的超越の特徴として挙げられます。具体的には以下のようになっていきます。
- 孤立への欲求が高まる
- 友達の数にこだわらなくなる
- 表面的な人間関係がどうでもよくなる
- 地位や富への執着がなくなる
- お金への執着がなくなる
- 良い悪いを決めることは難しいと悟る
宇宙的意識の領域
宇宙意識の領域では、自己の存在や命が過去から未来の大きな流れの一部であることを認識し、過去や未来の世代とのつながりを強く感じるようになるといいます。お年寄りの中には祖先や先祖を大切にするようになる人がいますよね。
時間や空間に対する合理的な考え方が変化し最終的には宇宙という大いなる存在に繋がっているという認識を持つこと、死と生の区別をする認識も弱くなり死の恐怖も消えて行くことなども特徴として挙げられます。具体的には以下のようになっていきます。
- 時間や空間への考え方が変わっていく
- 過去、今、未来の区別が消え一体として感じられる
- 時間や空間が離れた人とのつながりを感じるようになる
- 神秘性に対する抵抗感が低くなる
- 命の大切さや生命の神秘を感じる
- 死は1つの通過点と感じるようになる
- 死の恐れがなくなる
- 生と死を区別するものはないと意識するようになる
日本のお年寄りにみられる老年的超越
日本のお年寄りを対象とした調査も行われており、結果、トルンスタムがスウェーデンで行った老年的超越の特徴と大半は一致しました。
日本の特徴としては「宇宙的意識の領域では先祖や未来の子孫とのつながりをより強く感じるようになる」「自己意識の領域では自己中心性が下がり利他的になり、かつ”あるがままを受け入れる””自然の流れに身を任せる”ようになる」「社会との関係の領域では、他人への依存を肯定する非活動理論的な志向がみられるようになる」ことがわかりました。
スウェーデンの調査と比べて、神秘的な要素は低くなる一方で自分の認識に関することや他人との関係に特徴があることがわかりました。
まとめ-老年的超越から現役世代が学べること-
老年的超越はあくまで1つの傾向であり特徴ですが、現役世代の私たちが老年的超越から学べることは多々あります。老年的超越から私たちが振り返れることの1つは「アイデンティティの追及」と「自己中心性」への問いかけです。現代社会は常に個人のアップデートが求められます。一生学び、一生生産的に生きることを求められる超合理化社会です。
そんな超合理化社会を生き抜くすべを身につけることは当たり前であり、このレールから逸れることは負けであるような気さえしますが果たして本当にそうでしょうか?幸せそうに生きる人生の先輩は他者を重んじる心を持ち、時間や場所へのこだわりがなくなり、自分への興味もなくなる傾向があります。
同じ人間である以上、彼らは全くの他人ではなく私たちが日々悩んでいることを解決するヒントや、当たり前だと思っていることを崩すキッカケが学べる可能性があります。老年的超越をヒントに、コロナ後の社会の生き方を見つめなおしてみてもいいかもしれません。
参考資料
・増井幸恵:老年的超越
・増井幸恵:『話が長くなるお年寄りには理由がある: 「老年的超越」の心理学』