2020年12月にNHP100分de名著で取り上げられることが決定し、いま注目を集めている社会学者ピエール・ブルデューの著作『ディスタンクシオン』。1979年に発刊された本書は1960年代フランス文化について社会学的に分析した本です。
名著である一方、『ディスタンクシオン』は難解でとても長く途中で読むことを挫折する人が多いことで有名です。そこでこの記事では、『ディスタンクシオン』の基本的な内容と主要用語をできる限り簡単にわかりやすく解説していきます。
速報!11月27日に普及版の出版が決定!
100分de名著で取り扱われることで注目度の高まる『ディスタンクシオン』の、普及版が2020年11月27日に出版されます。これは要チェックです!
ピエール・ブルデューと『ディスタンクシオン』の評価
ブルデューの『ディスタンクシオン』がはフランスで発刊されたのは1979年です。ブルデューは当時、社会科学高等研究院教授ならびにヨーロッパ社会学センター主宰者としえ、すでに数多くの著書や論文を発表し、その超領域的な研究調査活動ぶりは広く知られていました。
すでにフランス社会学の新しい潮流を代表する学者として有名だったブルデューが、それまでの仕事の集大成ともいうべき大著を世に送り出すとなれば、大手の新聞・雑誌が刊行後まもなく一斉に書評を掲載し、最大級の関心をもって『ディスタンクシオン』を受け止めたのも当然のことでした。
石井氏によれば、今日『ディスタンクシオン』はデュルケームの『自殺論』と並ぶ名著として、刊行後数十年にしてすでにフランス社会学の古典となっています。1982年にはドイツ語版、1984年には英語版、1990年には日本語版が刊行されて諸外国でも広く読まれ、世界的に少なからぬ影響を与え続けていることからも名著であることがわかります。
『ディスタンクシオン』の魅力、すごさとは
NHK100分de名著にて解説役を務める社会学者の岸政彦さんは『ディスタンクシオン』の魅力について以下のように語っています。なお岸政彦氏が解説する100分de名著の内容がまとめられた本は以下のリンクからお買い求めください。
あれ(『ディスタンクシオン』)は大学二回生のときに夢中で読んで「俺の本だ!俺のことが書いてある!俺が全部いままで見てきたことだ」って思った。その辺の雑草みたいな家で育って、進学校入って、みたいな。自分が見てきた階層格差がぜんぶ書いてある、って。一言一言なんの違和感もないと思った。あの本に関してはね。
岸政彦, 北田暁大, 筒井淳也, 稲葉振一郎, 2018 ,『社会学者どこから来てどこへ行くのか』有斐閣, p122.
『ディスタンクシオン』を読むうえで知っておきたい概念/用語
ディスタンクシオンには普段聞きなれない社会学用語が多数登場します。その中の多くはブルデュー独特の用い方をするもので、用語の難しさから挫折する人も多くいます。そこでここでは数多くある重要概念/用語の中のいくつかを解説します。
「文化資本」とは
ディスタンクシオンには主に3つの資本が登場します。資本とは貨幣価値に換算可能なものを一般的には指しますが、その他に「身体は資本だ」と言うときのように、社会の中で生産手段として機能する有形・無形の要素全般も指します。
ディスタンクシオンでは主に経済資本(貨幣価値に換算可能なモノ)、社会関係資本(人とのつながり・信頼)、そして鍵概念として「文化資本」が登場します。
文化資本とは一言でいうと、経済資本のように数字で定量化することはできないが、金銭・財力と同じように社会生活において一種の資本として機能することができる種々の文化的要素のことです。
例えば、知識、書物、テレビ、教養、趣味、感性などなど。
こしてあげてみるとわかりますが、文化資本の形態は非常に広く一様ではありません。ブルデューは1979年に発表した論文「文化資本の三形態」の中で文化資本の種類について以下のように分類しています。
- 身体化された状態(身につけられた・身体化された文化資本:技術や知識など)
- 客体化された状態(客体化=物と化した文化資本:書籍、絵画、辞典、道具、機会など)
- 制度化された状態(当人の備えた知識や技能が資格として社会的に認証されたもの:学歴など)
「場」「社会空間」とは
ブルデュー概念における「場」とは、社会空間の下位概念です。なおブルデューの「社会空間」とは、なんらかの実態をもった自然的な広がりとしての空間ではなく、経済資本や文化資本、そして資本量などの網の目の中で生まれる「差異の体系」という、人為的な生産物を指します。
この社会空間はいくつもの「場」に分割されます。異なる表現をすると、「場」とはある関与対象(政治、芸術、科学、企業など)によて、結び付けられた人々の構成する社会的な圏域なのです。
「ハビトゥス」とは
ハビトゥスは、もともとラテン語の名詞で「態度、外観、服装、様子、習慣、気分、性質」などの多様な意味をもつ言葉です。
ブルデューは以前から知られていたハビトゥスという言葉を、社会分析にあたって絶大な効力を発揮する鍵概念として組織的に活用し、決定的な重要性を付与したのはブルデューの功績です。
ハビトゥスとは、人々の日常経験において、蓄積されていくが個人にそれを自覚されない知覚、思考、行為を生み出す性向体系です。ハビトゥスが過去の体験から習得された性向だとすると、それらが文化的な価値としてあらわれたものが文化資本だといえます。
『ディスタンクシオン』とあわせて読みたい本
日本で唯一の『ディスタンクシオン』解説書です。『ディスタンクシオン』はとても長く難しい本ですが、この本ではわかりやすくその内容が解説されており、100分de名著を観る際はこの本も一緒に買うといいのではないでしょうか。筆者は本記事を書く際にこの本を主に参考にしました。
膨大な未邦訳文献と一次史料を用いて、ブルデュー理論の独自性を浮き彫りにしていく本書は、2020年に発売されたばかりですがブルデューについて深く知りたい人にとってはすでに必読の1冊です。本書の書評に関して出版当時少し炎上しましたが、5,500円(新刊の価格)払う価値のある大作だと私は思います。
最後に-発刊から40年以上経っても色あせない『ディスタンクシオン』-
発刊から40年以上経った今も『ディスタンクシオン』は色褪せることなく、私たちにさまざまな思考のキッカケを与えてくれます。本書は発刊当初から議論が多い本ですが、高評価低評価どちらの声も数多く出されていることが本書が人々を惹きつけてきた証だと思うので、ぜひこれを機に読んでみてください。
参考文献
・石井洋二郎, 1993,『差異と欲望-ブルデュー『ディスタンクシオン』を読む-』藤原書店.
・岸政彦, 北田暁大, 筒井淳也, 稲葉振一郎, 2018 ,『社会学者どこから来てどこへ行くのか』有斐閣.