今日、共生という言葉はとても広い意味で用いられています。共生には「温かく良い」イメージがあると同時に「どこか胡散臭い非現実的」なイメージがあることも事実です。
明確な定義がない「共生」という言葉ですが、明確に区切られた分野の中での用法に留まらず広く使われることで現在、所属や専門を超えて人々が研究しその実現を目指すものとなっています。そんな共生という言葉について、
- 共生の定義
- 主要な論者が共生に与える意味
- 言葉としての「共生」の歴史
- 共生に関連する用語
などを解説していきます。大学生がレポートや卒論を書く際に最低限まずは知っておきたい共生についてのレベルの知識を目安に解説していくので、ぜひ参考にしてみてください。
共生の定義
共生の定義についてはさまざま論者が提案していますが、分野を横断した統一の定義は存在しません。ここでは日本語が持つ共生のニュアンスを丁寧に表している大阪大学大学院人間科学研究科共生学系未来共生学講座の定義を紹介します。
「共生とは、民族、言語、宗教、国籍、地域、ジェンダー、セクシャリティ、世代、病気、障害等をふくむ、さまざまな違いを有する人々が、それぞれの文化やアイデンティティの多元性を互いに認め合い、対等な関係を気付きながら、ともに生きることを指す概念」です。
共生の意味
上記の定義以外にもさまざまな研究者が共生の定義や意味を提唱しているので、ここではその一部を紹介します。
日本における「共生」という語を普及させた第一人者 黒川紀章の共生の思想は「日本文化の伝統的発想や伝統的美意識をベースにしつつ、現在の西欧的思想や欧米社会の行き詰まりを克服するもの」です。
井上達夫の主著『共生の作法』における共生は「多様な生が物語られる宴としての共生(conviviality)」です。それは「公認された善き生の構想」や「全体的な行動計画」とは程遠いもの。キーワードは「相互に尊重しあう、対等な関係にある二者が行う“会話”」であり、それは何らかの意図や背後の人間関係を含意する「コミュニケーション」とは異なると井上はいいます。
草の根社会運動にかかわり続ける共生研究の第一人者 花崎皋平による共生の意味は「差別を克服したあるべき姿として想定される」です。シンプルですが当事者との関わり合いを続けてきた花崎ならではの定義です。
大阪大学大学院人間科学研究科共生学系未来共生学講座は共生学における共生の理念を以下の式で表しています。
A(マジョリティ)+B(マイノリティ)→A’(変化したマジョリティ)+B’(変化したマイノリティ)+α(変容のプロセスで生まれた新たな価値や制度)
共生は英語でなんと表現できるか
共生には「これだ!」という英語が残念ながら存在しません。直訳だと「coexistence」「living-together」といった英語がありますが、日本語のニュアンスを正確に伝えることができません。
黒川紀章が英語訳として用いた「symbiosis」は生物学的な意味での共生の語源となっていますが、異なる生物種間の関係を表す言葉であるため人間同士の共生を表すには適しません。井上達夫が用いた「conviviality」は対等な人間関係の宴を表す言葉のため、差別や抑圧に満ちた状況を乗り越えるために共生を使う際にはあまり適していません。
大阪大学大学院人間科学研究科共生学系未来共生学講座では適した英語訳がないため共生をそのまま「kyosei」に置き換えたりもしています。日本語のニュアンスを残し伝えるためには1つの選択肢としてありですが、今後、普及していくかどうかは不明です。
「共生」の歴史
いまでは当たり前に使われている共生ですが、その語源は実はあまり古くありません。共生には2つの語源があるといわれており、1つ目は1922年頃に椎尾弁匡が仏教の言葉から「共生(ともいき)」を導出したとする語源。2つ目は英語のSymbiosisを明治の植物学者、三好学が1888年に共生と翻訳したとする語源です。
共生に関する研究が日本で本格化したのは1980年代だといわれています。この頃、井上達夫『共生の作法』を筆頭に共生に関する本が相次いで発刊されました。また建築家の黒川紀章が用いらことで社会に一気に知られるようになりました。
1990年頃からは共生ブームともいえる状況が続いており、経済と絡めて共生が論じられた李、持続可能な開発と絡めて共生が論じられたり、多文化共生の枠組みで外国人との共生が論じ垂れたりするようになってきました。
2000年代以降は行政や政府も「共生」という言葉を用いるようになります。2005年には総務省が「多文化共生の推進に関する研究会」を設置。内閣府が「共生社会形成促進のための政策研究会」を開催したのは2003年。
2007年からの福田康夫政権はスローガンに「自立と共生の社会」を掲げ、民主党政権も共生を中心的スローガンに据えました。こうしてみるといかにここ数十年で共生の議論や研究か加速的に進んでいるかがわかります。
共生に関連する用語
共生と関連する用語2つ「共生社会」「共存」を端的に解説します。
「共生社会」とは2000年代以降、行政でも多く用いられる共生から派生した言葉です。文部科学省によると共生社会とは「これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会である。 それは、誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会」を指します。
「共存」とは、2つ以上のものが同時に存在する状態を指します。共生と比べると「2つ以上のモノが”存在する”」ことを強調する意味合いが強く、相互作用があることを前提とし理念的な意味合いが強い共生と比べると、状態を指す意味合いが強い言葉だといえます。
共生について学ぶ際におすすめの本
最後に共生についてより深く学びたい・知りたい人におすすめの書籍を6冊紹介します。以下、本の概要を紹介していきます。
1冊目の『共生の社会学』は「ナショナリズム」「ケア」「世代」「社会意識」という、いま、もっともアクチュアルな4つの論題から社会的共生を考える1冊です。2冊目の『共生学宣言』は共生に関する研究が盛んな大阪大学大学院人間科学研究科共生学系未来共生学講座の研究者十数人が、それぞれの専門性を生かして幅広く角度から共生を論じています。
3冊目『共生社会論の展開』は筆者の感覚ではこの中で2番目に難しい本です。2017年と比較的最近発刊された本書はこれまでの共生についての議論を丁寧にまとめつつ、共生に関する理論と実践について数名の研究者が論考を寄せています。4冊目の『共生の作法』はこの5冊の中でずば抜けて難しい1冊ですが、共生に関する本ではいまや古典名作となっている1冊。主に「会話」に焦点をあてた本書は日本で共生に関する研究を加速させた1冊だと断言できます。
最後5,6冊目の『共生社会Ⅰ, Ⅱ』はこれまでの共生研究をわかりやすくまとめた2冊。2016年と比較的最近発刊されているため、この2冊をとりあえず手元に置いておけば共生についての研究の歴史や実践を網羅的に学習べます。
まとめ-共生に関する研究は現在進行形で加速中-
人々が共生する社会について考える際に1人1人が念頭に置いておきたい問いがあります。それは「多様な立場の人々が共に生きていくことが可能だとすれば、それはどのような社会なのか」という問いです。
本記事では共生についてのさまざまな見方を解説してきましたが、確固たる定義や意味は示していません。というより確固たる定義や意味をもたないことが共生の特徴だといえるかもしれません。ぜひ読者1人1人自分なりの共生の定義や共生社会の在り方を考えてみてください。
参考資料
・文部科学省, 共生社会の形成に向けて.
・志水宏吉 他, 2020, 『共生学宣言』大阪大学出版会.
・宝月誠, 2017, 『共生社会論の展開』晃洋書房.