2024年10月に誕生した石破政権は、当初から「地方創生に力を入れていく」ことを明言してきました。背景にあるのは、石破氏が初代地方創生担当大臣を務めたことによる思い入れの深さと、現在の日本が直面するさまざまな課題です。
石破総理は2025年の年頭所感にて、「深刻な人口減少という「静かな有事」が起きており、地域の活力、そして経済の活力が低下しています。地方創生2.0を起動し、東京の一極集中を是正し、魅力ある地方と都市が結びつき、多様な国民の幸せが実現できる日本を作っていきます」と考えを示しました。
短い年頭所感の中で、地方創生、東京一極集中の是正、地方と都市の結びつきをつくることに言及しているのは注目に値するでしょう。それだけ、石破総理は地方創生への思いが強いという表れです。
さらに、12月24日に開かれた「新しい地方経済・生活環境創生本部」で示された「地方創生2.0の「基本的な考え方(案)」を読むと、「地方への移住や企業移転、交流人口の増加など人の流れを創り、東京圏への過度な一極集中の弊害を是正する」「二地域居住の推進方策の具体化などによる関係人口の拡大」と、地方移住や二地域居住、関係人口の推進が今後も進められるであろうことがわかります。
一方で、気になるのは2015年に本格的に始まり、約10年間にわたって地方創生の旗の下、国と地方自治体によって取り組まれてきた地方移住政策、関係人口政策などが、必ずしも成果を上げているように見えないことです。
「基本的な考え方(案)」では、「我が国全体の人口減少が続く中、産業活性化、出産・子育て支援、移住促進等の取組により、人口が増加した地域もみられる」と書かれていますが、東京一極集中は是正されておらず、地方の危機的な状況にも大きな変化はありません。人口が増加した地域も一部に限られていたり、人口動態的に人口減少局面を脱しているだけであったりします。
そこで今回は、2024年12月に新著『数字とファクトから読み解く 地方移住プロモーション』を刊行された、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター講師で、地域に関する研究がご専門の社会学者 伊藤将人さんに、地方創生2.0における地方移住政策や二地域居住政策、関係人口政策の課題と展望についてお聞きしました。
約9割の自治体が「自治体の移住者獲得競争が高まっている」と感じている
編集部:はじめに、現在までの地方創生と地方移住政策をめぐる状況について、考えを教えてください。
伊藤:まずは、現在の地方移住政策をめぐる状況を押さえてみましょう。2024年時点で、約8割から9割の自治体が移住政策に取り組んでいます。一部の都市部の自治体を除くと、ほとんどが何らかの形で自分たちの地域への移住者を増やそうそしているわけですね。
こうした中で生じている最も大きな課題の一つに、「自治体間の過度な移住者獲得競争」があります。まだ正式な調査結果は公表していませんが、私たちが2024年秋に全国の自治体を対象に行なった調査では、87.4%の自治体の担当者「移住者誘致をめぐる自治体間の競争が高まっている」と感じていることが明らかになりました。
自治体間の移住者獲得競争がなぜ問題なのかというと、日本全体で人口減少する中で、限られた人口の総量を取りあうゼロサムゲームになってしまうこと、定量的に可視化しやすいため過度に比較されてしまうこと、そもそも同じスタートラインに立てないことで競争していることなどがあります。
新幹線が通っていて東京にも近い静岡県や群馬県の自治体と、東京から離れていて近くに三大都市圏もないような自治体では、地理的に全く条件が異なりますよね。なのに、移住者数や移住相談者数、関係人口数で比べられるのは、たまったものじゃありません。つまり、人の移動をめぐる政策には、自治体の努力ではどうにもならない差がはじめからあるのです。
過度な移住者獲得競争の背景にあるのが、地方創生以降強まる、国による地方移住をめぐるトップダウンの管理と誘導です。前述の調査で「自治体間の移住者誘致をめぐる競争の高まりに、国による移住促進の方針や取り組みは影響を与えていると思うか」質問したところ、61.1%の自治体が影響を与えていると解答し、影響を与えていないと解答したのは20.5%の自治体のみでした。
地方創生2.0で自治体間の移住者獲得競争はさらに激化するかもしれない
編集部:ここまでのお話を伺うと、自治体間の移住者獲得競争を生み出した一要因が地方創生にあると理解できました。では、地方創生2.0では、そのような自治体間の過度な移住者獲得競争はどうなっていくのでしょうか。
伊藤:あくまでも私見ですが、私はこの点について必ずしも明るい希望はもっていません。基本的にはこれまでと同様か、それ以上に競争が高まり、自治体の疲弊が進み、一部の「勝ち組自治体」とその他多くの「負け組自治体」の分断が深まっていくのではとみています。
どうしてそう思うかの理由を一つ示しましょう。地方創生担当大臣を務めていた頃に石破総理が受けたインタビューをめぐり、こんな記事の一節と発言が残っています。
石破茂地方創生相はブルームバーグ・ニュースのインタビューで、各自治体に競争原理を導入することが地方活性化に不可欠だとして、結果として格差が生じることも止むを得ないとの認識を示した。
地方自治体について石破創生相は22日、「競争しろというのか、その通り。そうすると格差がつくではないか、当たり前だ」と述べた。努力した自治体としないところを一緒にすれば「国全体が潰れる」と語った。国の関与は教育や社会福祉などの最低限度の生活水準を維持するナショナルミニマムの保障にとどめるべきだとしている。1
この記事から、石破総理は自治体間の競争原理に賛成であり、地域間格差はやむを得ず、自治体には「努力したところ」と「努力していない」ところがあると認識しており、小さな政府であるべきと考えているということが読み取れます。
こうした考え方は政権の中枢を担う政治家で必ずしも珍しいものではないでしょう。しかし、それを明言している人は少ない中で、石破総理は発言を残しています。
結局、何が言いたいかというと、今後も地方創生をめぐる交付金やKPIを通した国の管理と競争の扇動は続くであろうということ、そして地方移住や二地域居住、関係人口もそうした流れの中で引き続き政策的に促進されていくだろうということです。自治体間の移住者獲得競争はさらに激化する可能性さえ十分あると思います。これは国の態度だけでなく、自治体の状況踏まえての話です。
高まる関係人口・二地域居住への期待
編集部:よく理解できました。地方移住政策の限界や課題が見えてきたからこそ、政府は、関係人口や二地域居住に着目し、その方向に舵を切りつつあると思います。
関係人口の提唱者として知られる産直アプリ運営会社「雨風太陽」の高橋博之氏が新しい地方経済・生活環境創生会議の中で、「ふるさと住民登録」の制度化を提言し話題にもなりました。
座長で元総務相、日本郵政社長で地方創生の仕掛け人とも言える増田寛也氏も、高橋氏の提言に言及して「国が二地域居住を法律で後押しするのなら、関係人口をきちんと制度化することが必要だ」と指摘しました。
こうした点については、伊藤さんはどのようにお考えでしょうか?
伊藤:ご指摘の通り、政府の方針は地方移住促進から、徐々に関係人口促進、二地域居住促進に傾きつつある、もしくは今後比重が傾いていくと思います。たとえば、近年の主たる国家的な計画や法律である「デジタル田園都市国家構想(2022)」、「第三次国土形成計画(2023)」、「食料・農業・農村基本法改正法(2024)」などでは、関係人口が重要な存在として言及されています。
象徴的なのは、国土の開発発展の方向性を示す「第三次国土形成計画(2023)」の中で、「移住」という言葉が28回登場しているのに対して、「二地域居住」は18回、「関係人口」に関しては55回も登場しているという事実です。
関係人口や二地域居住も、地方移住政策と同じ轍を踏む可能性が高い
編集部:こうした国の方針は、良い変化なのでしょうか?
伊藤:難しいですが、正直なところ方針の転換をめぐって、私はそこまで楽観的にはなれません。もちろん、地方移住や関係人口、二地域居住促進でうまくいったと感じている自治体も多くありますし、実際に地域の暮らしや関わる人達のウェルビーイングが高まった事例はいくつもみてきました。しかし、ある程度マクロな地域政策という点で考えると、難しいところです。
関係人口の場合は、同一人物が複数の地域に関わることが可能となるため、量的にカウントした場合の合計が人口の総量以上になる点に特徴があります。だからこそ、移住者をめぐるゼロサムゲームの打開策として、期待されているわけですよね。これは、二地域居住も同じです。
しかし、対象が変わったとしても、結局は「優れた・役立つ人材をいかに多く誘致するか」という自治体間の競争構造は変わりません。あえて言えば、定義を決めたり制度化することでより量的な成果を求める競争が激しくなる可能性がありますし、取り組まなければならない政策が増えて現場の負担が増すだけという可能性もあります。
二地域居住や関係人口の制度化に期待する有識者の多くは、「移住よりも多くの地域に、さまざまな人が関わるようになる」と言います。しかし、地域をめぐる政策史研究を踏まえると、ある種の「勝ち組自治体」にはどんどんと地域活性化フレームに照らして役立つ・優れた人材が集まる一方で、そうでない自治体は現在と同様に量的にも質的にも苦労するという構造は固定化されたままになるのではと考えられます。この点については、自著の「地方移住の商品化」や「移住ランキング」の章でも解説しています。
地方移住政策も二地域居住政策も関係人口政策も、根底に存在し続けているのは、担い手の減少など地方の諸課題と東京一極集中という“政策課題”の解決に向けて、住民/非住民を問わず地域の開発発展、地域活性化への参画を促がすという論理です。
つまり、地方の開発発展や地域活性化の人材として期待され促進される移住者と、関係人口や二地域居住者には、こうした点で根本的にアイディアに差はありません。たとえ政策の対象が関係人口や二地域居住者に変わったとしても、地域の持続性や国土の維持発展が、個人の幸福や豊かさよりも上位に存在し続けてしまうという政策のジレンマから抜け出すことは難しいでしょう。
だからこそ、私は自著の最後で、従来の「移住者や移住したい人を増やす」移住促進から、「その地域に移住したい人の背中を押す」移住促進への転換を提唱しています。
それは、地方創生以降より顕著になりつつある、国や地方自治体はこれまでの地域政策とは異なる、ある意味で王道からは外れた「短期間に効果が明確に現れる政策にシフトするという誘惑」から逃れるための、オルタナティブを実践するための戦略でもあります。
ここでの「誘惑」とは政策的な移住促進にほかならず、「移住者数」や「移住相談者数」をKPIにその達成を目指し、施策を拡充して一喜一憂する現在の状況を指します。
最後に:国は中長期的なビジョンを提示し、地域は「自分たちにとって」を意識せよ
編集部:最後に、地方創生2.0における地方移住や関係人口、二地域居住政策や、それらを含む地域政策全体に対する考えがあれば教えてください。
伊藤:地方創生2.0の理想的なあり方を考えると、できる限り国は、「お金は出すけど口と手は出さない」という態度で望むべきだと思います。その際には、過保護な管理もせず、地方分権の精神に戻り、地域の自主性を重んじながら、同時に国にしかつくれない、国家としての中長期的なビジョンや計画をしっかりと示していくことが重要です。
自治体は、まずは移住定住や関係人口をめぐる実態の把握、つまり「調査」を行うべきです。自著の中でも1章分割いて調査の必要性や具体的な方法を解説しましたが、現状を把握せずに最適な政策を導き出すことは不可能です。
そのうえで、国の計画や方針を指標としながらも、「本当に私たちにとって必要なのか?」「この地域にとっての移住者とはどんな存在なのか?」と、自分たちにとっての「地方創生」や「地方移住」「関係人口」定義していくことが求められます。
最後に書籍以外の宣伝っぽくて恐縮ですが、最近公表したオピニオンペーパーでも関連する話をしています。
そこでは、移住促進をめぐり上位政府の定義を採用したり、定義を設けていない自治体によりも、独自に定義をして移住促進に取り組んでいる自治体のほうが、担当者が「移住促進の効果が出ている」と認識している傾向があるという調査結果を解説しています。興味関心がある方は、ぜひ読んでみてください。
「移住者」って誰?47.9%の自治体で定義がない実態と、独自に移住者を定義すべきワケ