新型コロナウイルスの影響を受けて地方移住の在り方はいま大きな岐路に立たされています。多様なワークスタイル、ライフスタイル、価値観を持った人々が共生するこの時代に、私たちは地方移住のアップデートを迫られているのです。この記事ではこれまで当たり前だと思われていた地方移住施策の前提を、いま一度見つめ直し再検討するための論点を示していきます。
定住を前提としない移住施策を
これまで多くの地方自治体は「移住段階」と「定住段階」の使い分けを積極的にしてきませんでした。大都市から地方圏への移動段階を移住と呼ぶ一方、定住は地方で実際に暮らしていく段階のことを指します。移住という言葉ですべてをまとめてしまうと実態が見えなくなってしまう、このことに筆者は危機感を抱いています。
受け入れ側の人たちは当たり前のように「移り住んできたら家を建てて就職してそして死ぬまで暮らしてくれる」と思っている部分はまだまだありますが、この価値観・人生設計はもう過去のものとなりつつあるのです。
関係人口、交流人口、風の人、アドレスホッパーといった言葉で表現される「定住を前提としない移住・いくつも拠点を持っているような生き方」が、これからの時代に広まっていくことが予想されます。地方自治体も受け入れ側の地域住民も、定住を前提としない価値観で移住希望者と接し受け入れる体制づくりを進めることが重要です。
暗黙知・ルールの見える化
価値観が多様になりワークスタイルも暮らし方も異なる人々が共生する現代において大切なのは「他者の文脈・意図を理解すること」です。元々その地域に住んでいる人にとっては当たり前のことでも、外から来た人にとっては当たり前ではありません。この事をまずは認識することが重要です。加えて「当たり前だと思われてきた暗黙知やルールの見える化」を進める必要があります。
2010年代に多くの地方自治体が移住ガイドブック・移住促進パンフレットを作り始めましたが、今後は表面的なものではなくさらに深掘りした具体的な情報が求められます。地方自治体が「当たり前の見える化」と「付随するアドバイス」を丁寧に文字化し発信することで、移住者も受け入れ側も不快感をお互いを認めやすくなり不要なコンフリクトは避けられます。
事例と統計両方を重視する
これまで地方移住においては成功した事例・幸せな地方移住生活、もしくは極端に失敗した事例のどちらかしかメディアに取り上げられない傾向がありました。しかし具体的な事例からみえてくるものには限界があります。また「成功している人の事例から絶対にみえてこないこと」もあります。今後重要度が増すのはアンケート調査結果や統計データのような量的な情報です。
移住者が一定数いる今こそ、毎年度移住者に対してアンケート調査をするといったことや今以上に詳細な統計情報を集めることで、より多様でマッチしたなニーズに応えられる移住政策が進められます。データの蓄積は確率的に移住が失敗しやすいパターンや成功しやすいパターンも算出できるため、後悔する人を減らすことにもつながります。2010年代の移住トレンドがひと段落しつつあり時代も転換点を迎えている今こそ、事例と統計データの両方を重要視する姿勢が求められます。
人口以外のものさしを
新型コロナウイルスによって地方移住が加速するといった話もありますが、今回と同じく社会的な危機があった東日本大震災の後は、その年は地方への転出者が増えましたがそれ以降は東京一極集中がゆるやかに増加しています。また地方移住が加速したとしても、既に知名度が高く人気な自治体に人が集まりそれ以外の自治体には人が集まらない「勝ち組」と「負け組」の二極化が加速すると予想されます。
今後の鍵を握るのは「人口以外のものさしを指標にする」ことです。日本全体の人口が減少している人口減少社会において、限られたパイを奪い合うことは不毛です。現実から目をそら達成できない適当なKPIを設定した総合計画の実現のために予算と人的リソースを割くのは、さらに不毛です。
「人口増の呪縛」から逃れ、「幸福度」「生活満足度」「地域満足度」を指標にし、人口が増えなくても住民の全体的な満足度を高める方向に自治体は舵を切り始めなければならないときがきています。人口以外のモノサシによる指標が高まることで、結果として移住者が増えることもあるので「私たちはどんな将来の地域像を描きたいのか」を定め、目的に向けて1つ1つの取り組みを積み重ねていくことが求められます。
SDGsと地方移住
これまで地方移住においては、「いかに人をたくさん連れてくるか」「新築の家が何軒建ったか」といった議論がされてきました。ここで抜けていた視点がSDGsです。これは経済的、社会的、環境的にサスティナブルな移住の達成が移住者にも自治体にも求められるということです。経済的なサステナビリティは多様な働き方を認めることがスタートラインです。環境的なサステナビリティでは「新興住宅地を造成することは正しいのか?」「新築の推進はサスティナブルか」「森や田畑を切り開いて移住促進住宅を建てることは正しいのか?」といった議論をすることがスタートラインです。社会的サステナビリティでは「移住促進は将来的に地域に恩恵をもたらすのか?」「移住者と地元住民のコンフリクトを防ぐためには?」といった議論がスタートラインになります。
移住者=日本人を前提としない
多くの地方自治体はこれまで日本人を前提とした移住者像を描いてきました。しかしモビリティが増している現代において、日本人以外が移住先として地方を選ぶ可能性は高まっています。日本人以上にコミュニケーションや文脈の共有が難しくなる一方、地域内の多様性が増すことはその地域の魅力になりえます。日本人に限って移住促進を行うと限られたパイの奪い合いになりますが、世界を見据えて異なるモノサシを使うことで人口増が見込める可能性もあります。
移住施策で外国人移住者の受け入れを進めなくても、仕事や関係で地方地域を訪れる外国人の数はどんどん増えていきます。グローバル化によるモビリティの高まりはもう誰にも止めることはできず、拒むことはできません。地方自治体はコンフリクトをできる限り減らし共生できるような受け入れ態勢を整えていくことが重要です。
ビジネスの当たり前を移住にも
移住施策には決定的に「ビジネスでは当たり前の視点」がこれまで抜け落ちていました。例えば「この取り組みの目的は何なのか?」「目的達成の指標となる KPI は妥当か?」「事業の PDCAはまわせているか?」 「具体的な移住者像=ターゲットのペルソナは?」「ターゲットを絞るためのマーケティングは?」「情報発信時にSEOは意識しているか?」など、これらのビジネスでは当たり前のことが抜け落ちていることが、これまで地方創生・地方移住が加速しきっていない原因の1つです。ビジネスの当たり前が行政だけでできない場合は民間に委託するのも手です。限られたリソースの中で「自分たちにしかできないことはなにか」を再検討し、より合理的で効果的な移住施策を実現することが今後の地方移住施策では求められます。
曖昧な言葉は使わない
これまで地方移住を語る際には「地方」「移住」「田舎」など非常に漠然とした言葉が使われてきました。しかしこれらの言葉は再度検討してみると「何を指しているのかイマイチよく分からない」ことが分かります。例えば「地方」は英語ではぴったり当てはまる言葉はなく、日本独特の概念です。「地方移住したい」と言っても、その人がさす地方は限界集落のように過疎化した場所なのか、それとも県庁所在地や中核都市のように地方の都市なのか、「地方」という言葉からはわかりません。
「移住」も同じです。「移住」は地方移住だけでなく、東京に移り住む人も移住者、海外に移り住む人も移住者です。また「引っ越し」と「移住」は何が違うのか、正しく説明できる人はどの程度いるでしょうか?
言葉の解釈は人によって違います。自分が伝わってると思っていても相手は理解できていなかったり異なる解釈をしていたりすることはよくあります。曖昧な言葉によるコミュニケーションのすれ違いが不要なコンフリクトを生んでしまう可能性があります。言葉の解釈のブレを減らすために、曖昧な言葉を使わずより具体的な事象や固有名詞を使って語っていくが多様性が増していく現代においては重要です。
最後に-2020年代地方移住をアップデートするために-
新型コロナウイルスは、これまで見てみぬふりをしてきた移住の問題点を一部顕在化させる効果がありました。2020年代はこれまで地方自治体が前提としていたフレームワークを1度壊し、再度時代にあった移住促進をすることが求められます。
移住促進の目的は何なのか?そもそも移住者を増やす必要はあるのか?来てほしい移住者とはどんな人なのか?など当たり前だと思われていた前提を見つめなおし時代にあったカタチにアップデートすることで、より効果的な移住施策が達成されます。KAYAKURAでは2020年代最新の移住現象について常に取り扱っていきますので、ぜひ定期的に情報を確認してみてください。
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